「彼女が女犬になったわけ」
チロの飼い主(チロM)
私は病院の地下3階にある通路で重いカートを押していた。
この大きな病院の地下は迷路のように折れ曲がり四方に伸びていた。はじめてきた者
ならば皆迷子になるに違いない。
私もその一人だった。製薬会社に臨時で雇われた私は薬剤を届けなければならなかっ
た。この病院内の幾つかの薬局とそれぞれに別れた各専門医局には届け終わっていた。
あと一カ所、薬物保管室に届ければ終わりだった。もう15分ほどこの迷路に挑戦して
いた。「チクショウ!」思わず汚い言葉を口から履き出して、思わず周りを見渡した。
人はまったく見あたらず行き先を尋ねようもない。重いカートと私の歩くカツカツと
鳴る足音が壁も床も白く塗られた廊下に大きく響いていた。
この大病院でさえも他の多くの企業のように、不況の波に晒され、人員削減の嵐が見
舞っていた。組合との衝突、給与の削減、職員のサボタージュ、職員の志気は地に落
ちていた。
この地下に人気の無いのはそれが原因かも知れない。目的の薬物保管室を見つけたの
はそれからしばらくたっての事だった。
薬事室にも何時もいる痩せていてキンキン声を出す看護婦の姿はどこにも無かった。
私は頬を伝う汗をシャツの袖で拭った。カートを押しての迷子は思ったより私を疲れ
させていたようだ。作業上着もズボンも夕方降り出した霧雨と汗に湿って気持ち悪かっ
たが仕方がなかった。しかもそれ以上に眠くて気分は最悪だった。
今日の朝方まで、ルームメイトが彼氏に振られたことのぼやきの聞き役をしていたの
だ。あほらしいったらなかったが、ルームメイトとして、知らんぷりして寝てしまう
わけにもいかなかったし、寝たふりをしても、きっと彼女は私を揺り起こして愚痴を
最後まで聞かせただろう。
看護婦が居ないので、代わりに薬を薬剤棚に納めようと広い部屋を歩いているとき、
別室に続くドアを見つけた。開けてみると、明かりが消え、薄暗かったが良く見ると
質素な手術室の様だった。もちろん中央には手術台が備えられていた。私は汗くさく
湿った作業上着を脱ぎ、ズボンを脱ぐとタンクトップとスキャンティー一枚になって、
手術台に寝そべった。きっとしばらく人は来ないだろう。ホンの少しだけ眠れば元気
が出る。
ホンの少しだけ・・・
私が目を覚ましたとき、何処にいるのか、しばらく分からなかった。それよりも私を
驚かしたのは、口と喉に挿入された太いチューブ、腕に刺された幾本もの針のついた
細い管。細いチューブ達はみな、薬液の入ったガラス瓶に繋がれていた。
私は病室のベットに寝かされている。事故でもあったのだろうか。何時、何処で。ふ
と、地下の手術室で横になったことを思い出した。あの、地下で、手術室で火災とか
物が落ちるとかの事故が起こったのだろうか。
「あら、目が覚めたの」その声のする方を見ると、椅子に腰掛けた看護婦が本から目
を上げて私の方を見ていた。「大丈夫よ。手術も結合DDNAも順調よ。心配することは
何もないわ」と私を覗き込んだ。「どうして、ここに私は居るの、何があったの、手
術って何、結合DDNAって何」聞こうとしたが、私の口から喉に差し込まれたチューブ
の隙間を通して「フウ、フウ」としか声が出なかった。私の意識の深いところで何か
最悪の事態を示すシグナルが赤く小さく点滅していた。
そして又、私はすぐ眠りに落ちていた。
次に目が覚めたのは、とてつもなく暑かったからだ。体中が熱をもって火のように暑
い。オーブンの中でもこんなに熱くはないだろう。
前に目覚めた時と同じように、ベットの横に座っていた同じ看護婦がやはり本から目
を上げて「暑いでしょ、体の中から皮膚の強化が行われているのよ。」ゆっくりと立
ち上がると「いま、汗を拭いてあげるわね。ちょっと待っていて」看護婦らしいきび
きびとした動作で彼女は病室を出ていった。看護婦は暫くすると若い看護婦と二人で
戻ってきた。「いま、体を拭いてあげるわ」小さなカートに乗せられたステンレスの
器の中の水でタオルを絞ると、二人の看護婦は私の熱いからだを拭きはじめた。熱い
からだに冷えたタオルは吐息の洩れるほど気持ちのいいものだった。私の恰好は口に
押し込まれた太いチューブと体に刺されて伸びる細い幾つものチューブだけで、体を
被うものも、病院で使う、手術着の様なものもなかった。しかも、両手両足がベット
にくくられていて、動かせないようになっていた。私は被うものもなくベットに仰向
けにくくられている。若い看護婦が「肌が白いわねー、それにいいスタイル」そう言
いながらその手のタオルを私の胸の膨らみを愛撫するかのように拭いた。続けて「犬
になっちゃうなんてもったいないみたい」と呟いた。「え、なに、なんて言ったの」
暑さと恥ずかしさでぼーっとなった頭で、何かとんでもない事になっているらしいと
思ったが、睡魔がその思いを叉も遮った。
私は静かに揺り動かされて、目を覚ました。目が覚めたときにいつもいるから、きっ
とこの部屋専属の看護婦なのだろう。彼女は顔を私の顔にその唇が触れるくらいまで
近づけると、「メイ。お寝坊さんね、寝過ぎよ。いまね、お医者様から口のチューブ
を外してもいいって、許可が出たわ。」
その時、間近に見つめられてドキドキしながら私はホッとしながら彼女のことをキュー
トだと思っていた。彼女は口のチューブを外す準備をしながら「辛かったでしょう。
口のチューブを外したら、食事が出来るし、お話も出来るようになるわ。お腹が空い
てドックフードを食べたくなった? まだダメよ。もっと先のことよ。それに口のチ
ューブが取れても吠えるようなことをしちゃダメよ。特別室だけど、一般病棟が近い
からね。本当なら軍の研究病院だったのに、いま、人手とかの問題があって・・でも、
私は貴女の担当になれて嬉しかったわ。」そう言いながら、私の口からチューブを外
した。私は何度か咳こんだが、声を出すことが出来た。しわがれた声で「軍の病院っ
て何ですか。何があったのですか。メイって誰ですか」と質問をあびせた。続けて
「私は高見サヤです。この病院に薬剤を納入しに来ました。地下の手術室で寝てしまっ
て済みません」と謝った。
彼女は呆然と立ち尽くすと、見る見るうちに顔色が青ざめてきた。持っていたチュー
ブが手から放れ落ちたのも気がつかない様子で、両手を口に当てると、病室を走り出
ていった。
その後、長い間放置されたような気がする。他の看護婦が来て私の手足は自由にされ、
すべてのチューブが外された。そして、看護婦が私に薄いモーフを掛けに来てくれた。
彼女たちに何を聞いても「後で説明しに担当のものが来ますから」と繰り返すだけだ。
現れたのは小柄で丸い眼鏡をかけ、いかにも事務屋さん風の冴えない男だった。男は
暑くもないのに、盛んにタオルで顔の汗を拭きながら、「大変驚かれたことかと思い
ます。実は我々も大変驚いている次第でして、何故この様な間違いが起こったのか、
至急調べているところでして。やはり、当病院も給与問題とか、リストラ問題で大幅
な人員の削減などあり、なかなかすべてのことに目が届かないようなこともありまし
て、大きくなるとなかなか病院経営も大変難しいご時勢なのでございます。軍の病院
の一部肩代わりなどもして、経営努力を重ねている次第なのです」私はいらいらしな
がら彼の言葉を遮って「何の話かさっぱり分からないわ。要するに私の身に何が起こっ
たって言うのよ」事務屋は目を白黒させ、また、額の汗を拭きながら「つまりはでご
ざいます。なんと言いますか。ちょっとした間違いというか。手違いと言いますか」
事務屋の話はさっぱり要領を得ず、事故だ、間違いだ、病院に責任があるわけではな
く、すべては従業員の怠慢から来ることだと繰り返した。私はかんしゃくを起こして
怒鳴った。「だから何だと言ってるのよ。貴方じゃ分からないわ。もっと、話の分か
る人を連れてきて!」事務屋も自分の話が弁明になっていないことに苛立って怒鳴っ
た。「どうすればいいんだ。起こっちまったことはしょうがないじゃないか」私は感
情を抑えきれず、怒りで口がしどろもどろになってしまった。歯をむき出して吠える
ような感じだった。混迷より怒りの感情がはるかに勝り、怒りは頂点に達した。私は
彼に飛びかかったのだ。事務屋も驚いた。まさか女性に飛びかってこられるとは思っ
てもいなかった。私の攻撃は、なんと彼の足に咬みついたのだ。「ギャ!」事務屋は
鞄を放り出して、廊下に逃げ出した。私は彼を追いかけた。
あとで聞いた話だが、ある三流週刊誌に「大病院の廊下で裸の女性患者に副院長が
吠えられて、あげくに尻を咬みつかれ一週間の怪我」と笑い話として掲載された。だ
が、一般紙や他の社会派マスコミはこの話を笑い話とは違うニュースとして捉え裏付
け調査を進行させていた。
看護婦に鎮静剤を打たれ、いくらか落ちついた頃に、如何にも研究者風の背の高い男
が病室に訪れた。
私は男が何か言う前に「前の事務屋さんみたいに、訳の分からない話は聞きたくない
わ。事実だけを分かり易く話して」と男を睨み付けた。男は私が睨んでいるのを気に
する風でもなく、ベットの横に立つと、「まあ、人違いですよ」こともなげに言う。
まるで他人事だ。
「軍の患者を手術と結合DDANの処理を行う予定でした。それはすべて、それこそ完璧
なくらいに巧く言ったのです。患者のDNAとDDANが理想的なくらいに融合しはじめた
のです。いままでこれほど巧く行った成功例は無いと思います。担当した私が言うの
ですから間違い有りません。」話を遮って聞いた「何なのそのDNAとDDANって、私と
どんな関係があるの」男は「まあ、まあ、順番にお話ししますから」と私の口に手を
当ると話を進めた「間違いがあったのです。軍の患者はまだ、この病院に届いても居
なかった。しかし、処理は成功した。何故か。手術台の上で眠っていた女性を患者と
勘違いしてしまったからだ。」男はフーと溜息をついた。取りあえず彼の話はここで
切れたらしい。私の頭はかなり衝撃を受けていたが、落ちついて質問をすることが出
来た。
「それで、先生は手術とか処理とかおっしゃいますが、それはどの様なものなのです
か?」彼は肩を落としていたが、研究者らしく「君は知ってるか。軍用女犬というの
を?」私は頷いた。確か、女性が犬のように、つまり、軍用犬として敵と戦うことだ。
たしか、一年ほど前、一人の、いや一匹のと言うべきか。マスコミは一匹と表現して
いたが。その女犬が敵の捕虜となった味方を単独で救うことに成功した。そのことを、
絶賛する記事が小さく紙面を飾ったことがあった。もちろん、軍用女犬の是非が人権
団体から非難されていたが、この活躍が人権団体の非難を弱めるきっかけになった。
「それなのだよ。この病院はDNAの研究では優れた成果を発表している。女犬の研究
も軍から依頼されたものだ。もちろん外部には秘密だがね。」男はベットの近くの丸
椅子に腰を掛けると更に話を続けた。「DNAのことはしっているね」私は「少しは」
と頷いた。「よろしい。ゲノムは生物それぞれが、その生物たる配列を持っている。
そこに他の生物のゲノムを少し融合させる。どのゲノムをどの位置のDNEにどのく
らい、結合させるかが鍵になるのだがね。すると他の生物の特徴を合わせ持った生物
が誕生することになる。軍はそこに目を付け密かに研究を重ねた。私の研究は大いに
役に立つものだった。」男は少し胸を張った様に見えた。「DOGの頭文字からDDNA
と呼ばれているものだ。犬よりもはるかに、賢く、忍耐強い。女よりも柔軟な肢体で
鼻が利く。兵隊の慰安にもなる。素晴らしい犬が誕生したのだよ」
私は顔から血の気の引くのを感じた。「それでは、私はその女犬のDゲノムとかの処
理をされたのですか」男は自慢話の途中で、私の声が非難する口調であることに気が
つき、頭をボリボリ掻くと「まあ、そんな訳なんだ」男は天井を向き「もちろん、間
違えに気がついたのだから、すぐに中止した」私はかみつくように言った「私をすぐ
元の体にして下さい、私の体から犬のDNAをいますぐ取り除いて下さい」男は今度
は下を向きながらなおも頭を掻きながら「ゲノムの結合は成功したと思っている。し
かし、今の研究段階では元に戻す除去方法はあまり進んでいないのだよ」鎮静剤が効
いていなければ私はこの男をかみ殺していただろう。だが、私の頭はこれ以上ないく
らいに混乱していて、襲いかかることさえ思いつかなかった。
私はベットに丸まって横向きに寝ていた。仰向けになるよりこの方が楽だった。鎮静
剤がたっぷり打たれているのだろう。良く眠れるし、まだ、私は自殺をしていない。
何度か、あの男。あの背の高い研究者は私の診察に訪れた。診察を受けながら、聞い
た話を要約するとこんなことになる。
私に打たれたDDNAは完璧なくらい、私に融合した。しかし、半分ほどで中止した
のでそれがどの程度、身体と意識に影響を及ぼすか見当がつかないそうだ。細かいデー
ターや専門的な話を聞かされたが、ちんぷんかんぷんであった。彼が要約するには
「たぶんペット犬程度の」と言うことらしい。
私はペット犬にされてしまうのだろうか。その夜は目が赤くなるほど泣き明かし、不
安で一睡もできなかった。
女性の研究者が私を訪ねてきて、今後、貴方の心のカウンセリングを行い、社会に適
応できるよう訓練をする、とのことであった。私は「それは私をペット犬にする訓練
か」と言ったが、彼女は私の皮肉を聞き流し、今後貴方の体と心がどの様に変化する
か分からない。その時々で貴方が常に心安らかであるよう勤めるのが私の仕事だと答
えた。それからは何時も彼女が私の側に付き添うようになった。
やがて私は彼女になんでも話すようになった。彼女に愚痴をこぼすと、いたわりの表
情で私の話を聞いてくれた。そして本物の涙さえ流しながら、頷いてくれるのだ。そ
して、私は彼女の苦労や彼氏との恋愛の話に涙し、怒り、時に笑い合った。私は彼女
をエリーと呼び、彼女は私をサーヤと呼んだ。
私は彼女に対し本当の姉のように接し、彼女は私を妹のように可愛がってくれた。彼
女のアドバイスは何時も適切で、なによりも私のことを考えていてくれた。彼女の指
示に従うことは快くさえ感じた。
いくら口止めをしても話は洩れるものである。暫くすると、私の話がマスコミを賑わ
すことになった。「病院で咬みついた女犬」の記事の裏が取れてきたのだ。私の写真
を一枚でも撮りたいと、私のコメントを聞きたいと、記者やカメラマンが大勢、病院
を取り巻くようになった。「間違えられて女犬にされた哀れな若い女性」しかも被害
者が美人ならばなおさらだ。そして私はチャーミングだ。こんな魅力的で読者をワク
ワクさせるような話題が他にあるだろうか。私の家族や友人の所へ記者は押し掛けた
のだろう。私の小さいときの写真や友達と旅行へ行った時の写真が週刊誌、ワイドショ
ウを飾った。特に海水浴へ行ったときに撮った水着姿を掲載した週刊誌は記録的な売
上だったらしい。
私たち、私とエリーはマスコミを避けて、郊外の上流階級達が住む分譲地の一角の家
に移り、静養と治療が行われた。当然だが費用はすべて軍が補助してくれた。エリー
は「サーヤが社会復帰しても充分過ぎるほどの慰謝料が払われたので金銭的な不安は
一切ないのだ」と言う。
研究者である正夫(私にDゲノム処理をした背の高い男)は週に一度私を診察に訪れ
た。それ以外は訪れる人もなく、静かな日々が続いた。Dゲノムの除出の研究は時間
がかかるとのことだ。初めは「社会復帰が何時になるか」「元の通りに戻れるのか」
と彼に聞き、彼やエリーを悩ましたが、いまは、エリーと居られることと、何不自由
のない穏やかなこの生活に満足を感じていた。近いうちに、正夫の研究が成功して、
私は元の生活に戻れる。正夫は信頼できる優秀な学者なのだ。
彼が診察台の上に、四つん這いの私を乗せるとエリーは私の上半身を包むように抱き
しめる。「大丈夫、怖いことないわ。彼は最高な医者なのよ。彼に任せて、すぐ終わ
るからね」と私の耳の後ろを撫でながら耳元で囁く。彼は数本ゲノム用の血液を私の
お尻から抜き取り。次に骨や筋肉のつき具合を確かめる。彼の長い指が私の肩やお尻
を撫でたり、摘んだりする。その日、彼は充分過ぎるほどお尻を撫で回しながら、
「お尻の筋肉の付き具合が理想的だ」とエリーに語りかけ、私の頭の上で、専門的な
用語が彼とエリーの間に交わされていた。その間も、彼の指は私の体を様々にさわり
続ける。私は妙な気分になっていた。彼は私のオッパイの形を確認し始め、彼の指が
乳頭に触れた。その瞬間、乳頭から全身に電気の様なものが走り。私は「ウッ」っと
声を漏らしてしまった。私はイッてしまったのだ。それに気が付いた彼はどうしてい
いか分からない顔をして、エリーと私を交互に見た。そして、うつむいて赤くなった。
そうだろう、間違えて半分女犬にしてしまった女?が診察中にイッてしまったのだか
ら。
それなら、私はどんな顔をしたらいいのだろう。
本当の犬ならこんな時どんな顔をするのだろう。
私はリビングの大きな窓から差し込む日だまりの中で、裸で丸くなり、うたた寝を楽
しんだ。エリーはそんな私を、ブタになるよ。とか、大きな猫みたいだと笑った。そ
んな嘲笑も気にならないくらい。穏やかな気持ちになっていた。ゆっくりと私は立ち
上がると、エリーが仕事をしている部屋に向かった。立ち上がると言っても四つん這
いでと言う意味だ。いまでは、二本足で歩くよりも、四つ足で歩く方が楽だった。エ
リーはいつも私に言って聞かせる。「自分が一番楽な姿勢で行動し、自然なままにし
なさい」と。私はここに来た頃、ブラジャーとスキャンティーと単パンを履いていた。
しかし、もそもそするのが気に入らなくなってきたのと、トイレが面倒だった。手を
使うと言うことをふと忘れてしまい、服を濡らしてはエリーを困らせていたからだ。
エリーの手を借りて脱ぎ着するのも面倒になった。どうせ、エリーしか居ないのだか
らと、全裸で過ごすようになった。それでも私は彼女の所へ行く。エリーはいつも机
に座り、パソコン相手に文章を書いて仕事をしている。私は椅子の横にオスワリをす
るとエリーを見上げた。「どうしたのサーヤ。お腹が空いたの。あれ!お尻もじもじ
させて。そうか、トイレか、ごめんごめん仕事に夢中になってて、忘れちゃってたわ。
じゃ、お詫びに少し遊んであげるわね」私は嬉しくなって、椅子から立ち上がって、
歩いていくエリーの後を小踊りして四つ足で付いていった。天気のいい日は外でする
のが気持ちがいいと教えてくれたのはエリーだ。小さな囲いをすると、エリーはその
中の一カ所を指さして、サーヤここでしなさいって指示してくれる。私はその指示に
嬉々として従い、そこでオシッコポーズをとり、次の指示を待つ。「ヨシ!」オシッ
コをする事さえ、エリーの指示を待つ様になっていた。その事は私の喜びともなって
いたのだ。あれこれ自分でどうしようかと思い悩むのではなく。ただ、指示を待つ、
指示に従う。これは気楽で快感だった。
「自然に、心のおもむくままに」エリーは何時も言う。
昼間、エリーは仕事をしている。その間私は何もすることがなかった。だから、エリー
が遊んでくれることが何より嬉しい。エリーはよく、机やテーブルから物を落とした。
私は気が付くと足元に行って、落ちた物をくわえて拾ってやる。エリーはその度に
「サーヤはいいこね、ありがとう」私の頭を撫でてくれる。それが嬉しくて、いつ物
を落とすだろうかと、エリー机の下に気を配っていた。そして、落とせ落とせと願う
ようになった。
エリーはその事に気が付き、時々、ペンをわざと落とした。そのうち、エリーはペン
を部屋の隅まで放るようになった。私はエリーに褒めてもらいたくてペンを拾いに跳
んでいく。
そのことは、やがて庭での遊びにもなった。
エリーが棒を放る。私に「さあ、いくわよサーヤ」とか「早く、早く持ってきて」と
か声をかける。私は全力で取りに行き、エリーに口にくわえて届ける。
私は犬みたいだ。
夕食後、よく二人でソファーの前の絨毯に寝そべっていろいろな話をする。私が四つ
足でいるので、エリーが付き合ってくれるのだ。エリーが膝を組み、私がエリーの膝
に頭を預ける様な恰好になり、エリーは私の裸の胸や肩を撫ぜてくれる。そして、二
人のいままでの生活やボーイフレンドのこと、今流行の歌やスターのことなど。よく
女の子同士でお喋りする内容だ。このところ、エリーは「愛犬」なんていう雑誌を買っ
てきたりする。友達の家で犬を飼うのにどんな犬がよいか相談を受けたそうだ。はじ
めはあまり気にもとめなかったが、エリーが熱心に見ていたりするのと、エリーが見
ている間暇になってしまうので、一緒に見ながら、話をするようになった。犬にもい
ろんな犬が居ることを初めて知った。小さいのやら、大きいのやら、不細工なのやら、
カッコいいのが。あれがいい。これがいいと、話に熱が入り、アイドルの写真集を見
るように喋り合う。
「サーヤは趣味が悪いわ、この犬の方が賢そうよ」
「エリーこそ、この犬は不細工よ。この犬の方がハンサムよ」
「この犬の何処がハンサムだって言うのよ」
「分からない人ね、この鼻筋、肩の筋肉、血統だっていいわ」
「そうかしらね。あら、この犬。オスよ」
「オスだから何だって言うの」
「バカね。オスは男だって、犬だって、あれよ」
「あれって何」
「ペニスよ、何言ってるの」
「アレ」私は赤くなった。
「デートしているときなんか、思わないの。彼のペニスがどんな風に私の中に入って
くるか、なんて」
「そんなこと、デートの最中に考えてるの」
「当然でしょ。いつ、キスしてくるかとか、どんな風にお尻をさわってくるかとか、
彼のペニスは私を満足させてくれるかしらなんてね」
「そうなんだ」
「サーヤはウブね。この犬なんか、きっとペニス大きいわよ。」
「エー、そうかしら」ますます赤くなった。
「犬のSEXは凄いわよ、瘤があって抜けなくなっちゃうの」
エリーが変な話をするから、私は夢を見た。
犬に犯される夢を。
エリーが散歩に行こうと言う。前から度々言われていたことだが、私が後込みして行
かなかったのだ。「家の中や、せいぜい庭などでごろごろしていては、健康に悪い」
とエリーは言うが、私は裸で四つん這いの犬のような生活だ。恥ずかしくて外など歩
けない。
朝早ければ人も居ないし、気持ちが良いからとエリーになだめられたり、叱られたり
したあげく。「サーヤの健康を思いやる私の気持ちをないがしろにしている」と口も
聞いてくれなくなったので、少しだけならとしぶしぶ承諾する事にした。
朝の散歩は気持ちがいい。朝靄の中を私はエリーの左側を四つ足で歩く。郊外の大き
な公園で、しかも早朝なので一度ほど遠くに犬を散歩させている人を見かけたが、そ
れ以外は人の気配を感じさせなかった。
その一度のとき、私はビックリして頭の中が真白になってしまい、公園の潅木の中を
隠れるところを探して走り回ってしまった。そして、全身小枝で傷だらけになってし
まい、エリーに散々叱られ、お尻が赤むけになるほど叩かれた。その後、エリーは散
歩の時、首輪とリードをするようになった。「これでは犬そのものじゃない」と。抗
議や抵抗したが私を守るためだと言う。何回かするうち、私もリードをサーヤに持っ
てもらうと、紐を通じてサーヤに手を曳かれているような気持ちになり、落ちつくの
を感じた。今では散歩へ行くときリードをエリーの所へくわえて持っていく程になっ
た。
初めこそ気の狂わんばかりに緊張したが、慣れるに従って鳥の声を聞くほどの余裕も
出てきてた。
散歩は楽しいものなのだ。
いつものように「サーヤ、オシッコは?」エリーが顔を覗き込んでいう。散歩の途中
で我慢できなくてしてしまったことがあった。恥ずかしかったが男の人が原っぱです
る気持ちが分かるほど、気持ちの良いものだった。それ以来、エリーが散歩の途中で
声をかける。「サーヤ、ここ、行儀よくね」両側潅木に挟まれた小道にあるいつもの
場所でエリーは地面を指さした。エリーの方を向いて、オシッコポーズで、「ヨシ」
の合図を待つ。エリーは時々、意地悪をしてなかなか合図をくれない。
もじもじしているその時だった。
潅木の陰から人が現れたのだ。以前、遠方で犬を散歩させていた男だ。男はエリーに
「気持ちのいい朝ですね。犬のお散歩ですか」と話しかけ、私を一べつした。エリー
はごく自然な態度で「ええ、気持ちの良い朝ですね。よく来られるのですか」などと、
朝の挨拶と世間話をはじめた。私は二人の足元で凍り付いたように動かず、この事態
が嘘や幻覚で有ってほしい、今すぐこの男が何処かへ行ってほしいと願った。頭に血
が登り、恥ずかしさで穴が有れば入りたい、どこかへ跳んで逃げたかったが、私のリー
ドはエリーに握られたままで、エリーの指図もなかった。
ノソッと動いたものがあった、男の連れている犬だ。私より一回りも大きな犬だった。
男の後ろから現れた犬は、私の方にゆっくりと近づくと、私の顔を鼻が付くぐらいの
近くで眺め、体に沿って鼻をずらし、最後に私の足の付け根の恥ずかしい部分をお尻
の方から匂いを嗅ぎはじめた。その途端、カーッ頭に血が登り、私の全身は瘧の様に
震えだして、オシッコを漏らしはじめてしまった。
「あらあら!粗相して、行儀良くしなさいって言ったばかりじゃないの」エリーの声
がする。おろおろするばかりで、出始めてしまったオシッコはなかなか止まらなかっ
た。
男は「申し訳ない。脅えさせてしまったようだ」と謝り、犬のリードを曳くと私から
犬を遠ざけ、また、合いましょうと言い残して犬と供に立ち去っていった。
男が潅木の間に隠れてしまうまで、エリーは後ろ姿を見ていた。男が見えなくなると
エリーは振り返って私に言った。
「恥ずかしいじゃないの、メッ!」
ソファーに座るとエリーは上機嫌で話を続けた。
「ねえ、ねえ、素敵な人だったと思わない。あの辺りに住んでいる人だったら、お金
持ちよ。実業家タイプだったじゃない。結構若いわよ。独身かしら。ねえ、サーヤど
う思う?私タイプなのよ。あの手に弱いの。恋って何時も突然よね。そう思わないサー
ヤ!」私はふてていた。「ア、ソウ」「どうしたの。サーヤ。機嫌が悪いじゃないの。
オシッコしちゃったのを気にしてるの。いいのいいの、気にしない。ドンマイよ」
「なにがドンマイよだ」
エリーは続けて言う。「なによ!サーヤだって、彼に出会えたじゃない。前、いい、
いいって言っていたグラビアの犬にそっくりじゃない。逞しくて、ハンサムだと思う
わよ」私はエリーの言葉にドキッとしながら、悟られないようにうつむいて「犬じゃ
ない」と小さな声で呟いた。「なによ!それがどうしたの。問題は愛よ。愛がすべて
。」「でも」言いかけた私の言葉を遮って「サーヤったら、あのとき、彼に見つめら
れて赤くなってたじゃない。知ってるのよ。でも、あの犬はサーヤには合わないと思
うわ。だって、品が今一ないわ、ダメね」
私は赤くなりながらも「そんなことないと思うわ」エリーは私の言葉に耳も貸さず。
「いきなりレディの股ぐらに鼻突っ込んで匂いを嗅ぐなんて、失礼よ。そうは思わな
い、最低!」
私は気分が沈んでいくのを感じながら、「でも、犬はそういうもんでしょ」「でも、
でも、もないでしょ。今度は私一人で行くから、サーヤはお留守番ね」
「そんな」
「サーヤも行きたいの、仕方ないか。一人で行ったら、犬の散歩って言えないもんね」
私の方に向き直って「オシッコなんてちびったら、だめよ。行儀が悪いって思われる
でしょ。汚名挽回よ。明日から躾の訓練するわよ。私は躾の行き届いた犬を散歩させ
る上品なお嬢様なんだから」
恥ずかしさもプライドも気臼になった様に思えるが、元の生活に戻るまでの休暇みた
いなものだ。元に戻ったときには、慰謝料の充分な金もある。エリーには凄いものを
何かプレゼントしてビックリさせてあげよう、それまでの間、この生活を楽しもう。
エリーの気迫に負けて、犬の躾の訓練をする事になってしまった。しかし、ヤダと本
気で思ってるわけでもなかった。訓練は楽しかった。エリーと一緒に何かをすること
が楽しかった。エリーの指示に従うことが心地よかった。
訓練は順調で私は犬になりきっていった。きっとどんな犬よりもスピーディで従順な
犬と言われるだろう。
訓練が良くできると、エリーは頭から全身を撫でて、褒めてくれた。私はしゃがんだ
エリーの足元に仰向けになって、喜びを表現した。エリーは「まあ!恥ずかしいカッ
コして、何もかも丸見えよ」と、微笑みながらエリーは首筋から肩へ、肩から乳房へ
とゆっくり遊ぶように指先を滑らし、膝を折って上げた両足の間のワレメからのぞく、
赤い突起を指で回すようになでる。「ウッ」と、のけぞる私の顔を覗き込んで、「こ
うされるのが好きでしょ。スケベなオシッコもらしの牝犬サーヤ」と囁く。蔑まされ
て、エリーにいじられている突起が疼く。私は満ち足りた絶頂を迎えた。
エリーは上級クラスの訓練をすると言う。
曰く、上級クラスの訓練とは、周りの環境や誘惑に負けずに指示されたことをどこま
で忠実に守れるかということらしい。
私は車の後部に乗せられて、町中に下ろされた。裸の四つ足で町中を歩くなんて、思っ
ただけで気が遠くなりそうだが、実際にそうする羽目になっている。エリーは私のリー
ドを最も短く持つと、人の行き交う歩道を歩き始めた。緊張と恥ずかしさで手足が・・
いや、四肢が縺れそうになる。エリーのリードだけが現実感を帯びて私を導いていく。
前はもちろん、右も左も見ることが出来なかった。ただ、下を向いて、エリーのリー
ドに曳かれていった。それでも、人の視線を全身に感じ、恥ずかしさで赤くなるより、
むしろ、青ざめて冷や汗を全身にかいていた。
四肢を縺れさせながらも、エリーのリードで歩いた。恐ろしく長い距離に感じた。エ
リーは立ち止まると私を車道側に在った鉄柱に私のリードを結びつけ、「オスワリ」
をさせると、手のひらを顔の前に持ってきて「マテ」と言い残し、書店に入ってしまっ
た。
私はうろたえたがオスワリをして、書店のドアを見つめ、店内で見えるはずもないエ
リーの姿を探した。リードを放され、今までないほどの孤独感が全身を襲った。人は
私を避けるように、遠巻きに歩いていた。こそこそと話す人や、指を刺しながら行き
交う人。エリーは「マテ」と言った。その指示が私をくさりで縛った様に動けなくし
ている。
全身が火のように熱くなり、頭がくらくらして、手足の震えが止まらない。私の前に
立ち止まる人が増えてきた。「新聞に載ってた女犬よ」「変態かな」「け飛ばしてみ
ようか」「恥ずかしくないのかしら」「見てる方が恥ずかしいわ」「ケツ上げておま
◯こ見せろよ」耳鳴りのする耳に立ちふさがる人の声が僅かに聞こえる。蔑みの視線
が痛いほど全身に突き刺さる。口の中がカラカラに乾き、全身は火のように熱くなり、
立ち眩みがしている。頭はぼーっとして、ただ、エリーが書店のドアを開けて出てく
るのを待つことしか考えられない。
永遠とも思える時間が過ぎて、立ちふさがる人の間から、エリーが小脇に本を挟んで
書店のドアを開けて出て来るのが見えた。喉を枯らした、かすれた声が出て「エリー、
エリー」と呼んでいた。エリーは「クウーン、クウーン」と主人に甘える犬の鳴き声
に聞こえたという。
人をかき分けて中にはいると、エリーは私の前にしゃがみ「イイコね、良く待ってい
られたわね」と私の頭を撫でた。その時、私は至福の喜びを感じていた。
エリーは私がオシッコを漏らしたていたと言うがその覚えはなかった。
散歩へ出ると決めたの朝。エリーはピンクのかわいいスポーツウエアと同じ色のシュー
ズを履いた。この日のために、数日前から大騒ぎして、揃えたウエアだった。
彼女は私に新しい首輪を買ってくれた。
公園の小道に彼は微笑みながら現れた。「お会いできましたね。また、今日は素敵な
ウエアで、とてもチャーミングですよ。」とエリーの服を褒め「しばらくお会いでき
なかったのですが、いかがなさったのですか」と続けた。
エリーは涼しい顔をして「この子が、便秘に苦しんで、散歩に出られなかったのよ」
と私を見た。なんと言うことを言うのだ。私は赤くなってうつむいた。彼は片膝を付
くと、私の下腹を撫でて、 「なるほど、だいぶ苦しいようですね」と、エリーを見
上げて、「良い薬を持っています。家はすぐ近くですから、処置して差し上げましょ
う。貴方には、良いワインを仕入れたばかりです、いかがですか」と立ち上がり、エ
リーに語りかけた。エリーがこの誘いを断るわけがなかった。
いきなり下腹をさわられたことや、便秘の話で憤慨するよりも、私は男が連れている
彼が気になった。エリーと男はお互いに自己紹介し、男は自分は黒崎、連れはジョナ
サンだと名乗った。「サーヤ、ジョナサンですって、彼に挨拶なさい」と、エリーは
私のリードを指先で少し引いた。私はエリーに習った通り、フセの姿勢をとり、緊張
しながら、彼の顔下へ這っていき、下から口元を舐めた。彼はいやな顔もせずに、私の
挨拶を受け入れてくれた。これで、私は彼に逆らわない、彼より格下のものとして扱
われるのだ。犬より下になってしまった。挨拶が終わり、彼が私を受け入れてくれた
ことにホッとした。そして、彼が私の顔を舐めた。「良かったわねー、ジョナサンに
キスしてもらって」エリーのはしゃぐ声と「なかなか、相性が良さそうですね」と、
私とジョナサンのことで二人の会話が続く。私は顔を赤らめてジョナサンの足元を見
つめていた。
黒崎の家は公園に隣接していて、公園から外に出ることもなく、屋敷内に入ることが
出来た。屋敷も庭も大きく、庭の一角にはおきまりの白いテーブルと椅子が備えらえ
ていた。私とジョナサンは近くの柵にリードを結ばれ、仲良く並んでオスワリするこ
とになった。近くで見ると、彼はたくましく、しかもハンサムだ。
「そうそう、彼女の便秘を先に治して上げましょうね」と黒崎は屋敷の中に入って行っ
た。そうだ、ここへ来た目的の一つはそんなことだった。恨めしげに、エリーの方を
見ると、同じくエリーは私の方を見て、舌をペロッと出して笑いながら「成りゆきだ
から我慢して」と両手を合わせた。
彼が持って来たのは浣腸だった。それを見て私は慌てたが、エリーは「あら、そんな
ものが在るんですか、サーヤちゃんもこれで治るわね。親切な人に出会えて良かった
わ」「ええ、便秘にはこれが一番ですよ」と彼はこともなげに言うと、すたすたと私
の横に来ると。「エリーさん、サーヤちゃんを押さえて下さい。すぐ済みますから」
と私の首輪を握った。彼の見ている前で、私は二人に押さえつけられると、お尻の穴
を広げられて二つも浣腸をされてしまった。
二人はテーブルに戻ると世間話をはじめ、エリーの笑い声が時折庭に響いた。
ジョナサンはゆったりと私の隣で横になると、私が尻をもじもじさせている様を、と
きどき片目を開けては眺めた。
庭は良く手入れが行き届き、芝生は青々と刈り込まれている。
楡の木が木陰を作り、枝の間を小鳥が行き交っている。
その下で私は排泄感に冷や汗を流していた。
黒崎の屋敷で開かれるランチパーティーに誘われることになった。私も連れてきなさ
いとのことだ。
エリーは薄いブルーの60年代を思わせる裾の広がったワンピースを上品に着こなし
てご機嫌だった。
「どお、素敵でしょ、高かったのよ」とぐるりと私の前で回って見せた。裾が広がっ
て私の鼻面をかすめた。
私は不満だった。私の不満に気が付いたエリーは、「分かった、分かった、貴方もお
化粧して上げるから、そんな不満そうな顔をしないで」と化粧鞄を出した。別に化粧
をしたいと思ったわけではなかったが、私の衣裳は首輪だけなのだ。ジョナサンの為
に何かしたかった。彼女は化粧箱から、ピンクのリップクリームを出すと、私の唇に
引いてくれた。そして、後ろに回ると「動かないで」とお尻の間にあるワレメにもパ
ウダーを叩いた。思わず「止めてよ、恥ずかしいわ」と振り向くと、エリーは「ハン
バーガーが桜餅になったわ。可愛いわ、ホントよ、ジョナサンもきっと気にいってく
れるわよ」
ホントにジョナサンが気に入ってくれるだろうか。気分は高揚した。
そして、エリーは言い添えた「私が立ち止まった時はお行儀良くオスワリするのよ。
オシッコは大丈夫?」
公園側の入り口から入ると、すでに十人近くの男女がグラスを持って集まり、パーテ
ィーは始まっていた。
エリーとエリーにリードを引かれた四つ足の私が近づいていくと、黒崎が気が付いて、
走り寄ってきた。「良く来てくれましたね。今日はまた、素敵なドレスで花が咲いた
ようです」とエリーに話しかける。見上げている私に「サーヤちゃんも可愛いよ。ジョ
ナサンが喜ぶ」と私の頭を撫でた。
黒崎は皆に人気があるようで、あちらこちらの小さなグループに顔を出しては、話題
の中心になっていた。そのうち、男達は車の話題に夢中になりはじめ、男同士の輪が
出来ていた。はじめ、遠巻きに私たちを見ていた女達が、エリーと私の周りに集まり
だした。
花柄のドレスの女が「黒崎さんとは朝のお散歩でお知り合いになったそうね」品定め
をするように、エリーを下から上まで視線をゆっくり這わせた。エリーの返事も待た
ず、腕組みをした女が、「きれいなドレスね。私もこんな感じの安物のドレスが欲し
いと思ってたの。何処でお買いになったの」と言い出すと次々に女達は勝手に話し出
した。エリーと私を笑いものにするために集まってきたのだ。「彼も品がないわね」
「あら、遊びよ。つまみ食いにはよさそうよ。後腐れなさそうだし」「いいお道具を
持っていそうよ。見せて貰おうかしら」エリーの怒りがリードを伝わってきた。なお
も、女達は「この犬って、週刊誌に出ていた女犬でしょ、犬になると恥ずかしさもな
くなるのね」ぶらぶらさせた足先が今にも私を蹴り上げそうで、体が固くなった。
「犬なの、人なの」「変態なのよ」真赤な口紅の女が言うと、どっと笑いがおきた。
「やだ、あそこにパウダーしてる」「あら、お下劣、犬も買い主に似て、淫乱なのよ」
「犬は飼い主に似るって言うわよ」「ジョナサンに交尾して欲しくて来たのよ」「やっ
ぱり飼い主に似ているわ」下卑た笑いがあがる。「間違えて、犬にされたんだって」
「でも半分人なんでしょ、テレビで言ってたわ」「Dゲノムっていうんでしょ。元に
戻せるんでしょ」「戻れる分けないでしょ。一度混じったものをまた分離するなんて
今の科学じゃ絶対無理だって、私の友達の研究者が行ってたわ。一応戻れる言ってる
らしいけど」この言葉に私の頭は真っ白になって震えだした。元に戻れないって聞こ
えたからだ。
パッシと音がすると、その話をした女が鼻から血を出しながらひっくり返った。女達
は叫びながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。私はボーっとする頭の片隅でそ
れらを見ていた。
その後、どうやって家まで帰ってきたか憶えてないが、首の周りがひりひりするので
エリーに引きずられるように歩いてきたのだろう。
私の前で、エリーは殴った女が話したことは一言も触れず、手振り身ぶりで、あの女
達の態度や話に毒づき、怒りをあらわにして、私の同意をいちいち尋ねた。そして大
声で怒鳴りテーブルをけ飛ばした。
黒い川面には縁に並んだ街灯の明かりが映り、ゆらゆらと波に揺れていた。私は川岸
のコンクリートの上にオスワリし、足元で波に揺れ動く木片を眺めていた。女達の言っ
た言葉が頭の中で何度もリピートされる。
「犬なの、人なの」「元には戻らない」
体の前に行儀良く揃えた、指に冷たいものが落ちる。気が付かないうちに、涙が溢れ
てきた。景色がくしゃくしゃに歪み、風が目に痛い。
「犬なの、人なの。元には戻れない」
気が付くと背後で薄汚れたのら犬が一匹、私のお尻の匂いを嗅いでいた。
私も同じ犬なのだ。いや、犬でもなく、人でもない。私は何なの。しばらくしたら元
の人の生活に戻れると思っていた。正夫を信じてた。エリーはそれを知っていたの。
知っていて黙っていたの。ぐるぐると同じ思いが繰り返される。いつの間にか、のら
犬も何処かへ行ってしまっていた。つるつるの毛のない肌では犬の仲間にも入れても
らえない。
フッと川風が私を揺すった。揺られて私は川面に舞った。
土はじめじめしていた。6帖程の板囲いの中は、囲いが高く一日数時間しか日が入ら
なかった。兄嫁は板塀を開けて入ってくると、洗面器に食べ物をぶちまけ、私の方を
見ることもせず出ていった。
昨日の夕飯の残りだろう。いろいろな食べ残しの間から鰯の頭がのぞいている。いつ
ものことだが、食欲がなかった。餓死するのもいいかも知れない。死ぬことばかり、
考えてしまう。痩せた胸には肋骨がうかぶ。隣の養豚場から飛んできたのだろう。蝿
が何匹もエサに集まり、私の体にも蝿が止まる。何日体を洗っていないだろう。自慢
だった白い肌も泥と埃で薄汚れたままだ。古くなってごわごわになった首輪とくさり
を兄が貰ってきて私に付けた。散歩するためではない。逃げないようにするためだ。
じゃらじゃらと鎖の音をさせて、私は隅の日だまりへ移動した。
川から助けられた私は病院に運ばれ、又生きることになった。
私はエリーや正夫の顔は見たくないと言い張り。田舎にいる家族に引き取られた。家
族は兄の代になっていて、ただでさえ、私の居場所はない。しかも女犬なのだ。親戚
や近所に肩身が狭い。初めこそ、慰謝料をたくさん持ってきたことから。家の土間の
隅に住まわせてもらっていたが、慰謝料も家族の車や兄夫婦の子供の家を建てるのに
使い無くなってしまった。
やがて、兄嫁が人に見られるとみっともないと、土間を追い払われた。そして、屋根
が在るからという理由で、豚小屋の中の豚囲いの一角を与えられた。それも、スペー
スがもったいないと、豚用にも使われ、私は豚と一緒にされた。家族は私の存在を忘
れたかのように、無視し、私の為の食事もなくなり、豚のエサを食べさせられた。私
は豚の糞まみれになった。豚達は巨大で、うっかりすると押しつぶされてしまう。豚
達が寝静まって動かなくなってから、隙間を探して横になった。雄豚にも神経を使っ
た。私にペニスを押しつけて来て、私は狭い小屋の中を逃げ回らなくてはならなかっ
た。兄嫁は柱の角からその様子を、能面の様な表情のない顔で見ていた。
雨の日、私は豚小屋を出た。何処へ行く宛もない私は路上を歩いているところを村人
に見つかり、兄の家に連れ戻された。「この面汚し、家族を笑いものにしやがって」
兄は目を吊り上げて、死ぬほど私を鞭で叩いた。その後、兄はこの塀囲いを作り、鎖
で繋いで私を閉じこめた。
この頃、エリーの声が聞こえる。「オスワリ!」私は鎖をならしながら「オスワリ」
をする。エリーは優しく私の髪を撫でてくれる。「どうしたのサーヤ。お腹が空いた
の。あれ!お尻もじもじさせて。そうか、トイレか、ごめんごめん仕事に夢中になっ
てて、忘れちゃってたわ。じゃ、お詫びに少し遊んであげるわね。」思い出して含み
笑いをした。笑いながら涙がこぼれ止まらなくなる。
その日、囲いの戸を開けて兄は入ってくると、カセットテープのスイッチを入れて、
私の側に置くと黙って出ていった。
その小さな機械から、エリーの声が聞こえてきた。
「サーヤ!サーヤ、オスワリ!オスワリできたかな?イイコ、イイコね、サーヤ!久
しぶりね。エリーよ、元気にしている?サーヤが居なくなってから寂しい思いをして
いるわ。サーヤが実家に引き取られたって聞いたから安心したわ。大事にされている
のでしょうね。何時も気になっているの。」私はビックリして「オスワリ」をし、
「ビクターの犬」みたいに、エリーの声に耳を傾けた。頭を撫でられたような気がし
て、嬉しくて、懐かしくて涙が溢れて止まらない。「報告があるの。私ね、婚約した
のよ。誰とだと思う。ハハハ・・あの正夫よ。あの、のっぽの研究者よ。驚きでしょ。
どうしても私と結婚したいって、ひざまずくのよ。そうされちゃ、仕方ないわね。頷
いてやったわ。彼、ゲノムの研究を続けながら、町医者になるって言うの。私が奨め
たんだけれどね。そして、私は結婚するにあたって条件を出したのよ。サーヤ、良く
聞いてね。」私は良く聞こえるように、「フセ」をすると、スピーカーに耳を近づけ
た。
「郊外の一軒家に住むの。大きな庭のあるね。そこで私は犬を飼うの。庭で散歩させ
たり、遊んだり、芸も仕込むのよ。「オテ」とか「チンチン」とか。良いでしょ。サー
ヤ!貴方の事よ。首輪もピカピカのを買ってあげる。犬小屋もよ。室内でも良いわ。
正夫はいずれ本物の雄犬も飼って、夫婦にしてもいいって言ってるわ。私、おチンチ
ンの大っきな雄犬を探してあげるわ。」それを聞いて泣きながら笑い出してしまった。
「どう、良い話でしょ!迎えに行ってあげるわね。お兄さんとは話が付いているの。
すぐよ、イイコで待っててね」
エリーの声に夢中なって 聞いていた私の耳には聞こえなかったが、家の前に一台の
車が止まった。