この物語は「真弓の小屋」の「女犬村」の為に書いたものですが、「真弓の小屋」が閉鎖されたようなので、あらためて「犬屋哀玩堂・僕の綴り方帳」のコーナーに再掲載いたしました。
とおい未来の時代、そこでは女犬を飼いたい住民と、女犬になりたい女たちが幸せに暮らしておりました。
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5月13日 散歩 (晴れ)
私の家は昔ながらの曲がり屋で、母屋の土間から家畜舎が、鍵の字につながっていて、寝間から家畜舎の様子が見えるようになっている。しかし、今は当家も没落して、家畜舎は空っぽだ。いつかよく乳を出す「めうし」や、よく肥えた「めぶた」や、使役用の「めうま」を飼いたいと思っているのだが、今飼っているのは、土間の犬小屋から間抜けな顔をつき出している、駄犬の「へこ」だけだ。
久しぶりにめいぬの「へこ」を連れて朝の散歩に出かけた。今日は足をのばして村はずれの地蔵堂まで行ってみよう。このところ散歩をなまけていたので、「へこ」は喜んで私の足元を先になり後になり走りまわっている。ときどき並木の根本に脚を高く掛けて、マーキングをする姿は全く犬そのものだが、これでも「へこ」は元は人間の女だったのだ。
自分から志願してきたので私の犬にしたのだが、それ以来いつも丸裸に首輪ひとつの姿で、私の家の土間にある私の手作りの板小屋で、「めいぬ」として飼っている。私の先を駆けて行くときは、揺れる尻たぼの間のアナ○が丸見えになる。なんとみっともない姿だろう。こんど何か尻尾を考えてその穴をふさいであげよう。
途中の「はりつけ広場」にある、「お仕置き松」の根本の草むらで排便をさせ、自分の排泄物を入れたビニールの袋をくわえさせたまま、ゆっくりと地蔵堂に向かう。十馬の家の前を通り過ぎる時、「め豚」にされた「もも」が餌箱に顔をつっこんで餌を食べているのがみえた。道に尻を向けているので、繋がったソーセージの尻尾の先が揺れているのがよく見えた。祭りの日には、あの「もも」も村の他の「めいぬ」達と一緒に、村の伝統芸能の犬追物の的になって、我々が「めうま」の馬上から射掛ける矢の雨から逃げ回るのだろう。そういえば、そろそろ犬追物の練習も始めなければいけない。
荒れはてた地蔵堂が見えてきた。あそこの牢小屋には、村が災厄にみまわれた時に、生け贄にされるための聖蓄である「真弓」が飼われているのだ。聖蓄といっても薄暗い牢小屋の格子から覗くと、すえた臭いのする不潔な寝藁のなかで、糞便にまみれてごそごそ動いている様子は、ただの汚れた豚にすぎない。
普段は一人暮らしの堂守の爺やが一人で世話をしているのだが、村人の残飯で共同で飼っているので、村人なら誰でもいつでも小屋から引き出して、なぶったり辱めたりして楽しむことができる。我々はこの「真弓」をけがし、なぶって共同体の持つ「けがれ」をすべて背負わせる。また、月に一晩づつ村の各家で順繰りに聖蓄を自宅に飼い、その夜はすきなだけ各家独自の方法で責めなぶり、その家の「けがれ」を憑かせることになっている。やがて、祭りの日には彼女を祭壇の上で思いっきり責め苛んで、一年の村の「けがれ」をはらうのだ。
私はときどき自分の「めいぬ」を連れてきて、牢小屋の「真弓」を見せることがある。そしてお前もよく仕えなければ、「真弓」のような聖蓄にしてしまうぞと、脅すたねにするのだ。すると大抵の「めいぬ」は臭気に顔をそむけながら、戦慄して心からの忠誠を誓うのだ。今もすくんで後ずさりしようとする、「へこ」のリードを引き立てて、私は地蔵堂の裏手にまわっていった。
牢小屋は荒れ果て草むした地蔵堂の裏の床下を利用した半地下に作られていて、粗末な板張りの格子から、よく村の悪童たちが竹の棒をつっこんでは、「真弓」をいじめて遊んでいる。
近ずくと汚物と汗の混ざった、「めちく」特有の臭気がただよってきた。
さて、「真弓」はどうしているのだろう・・・?
5月29日 開村式
今日は村の開村式だった。いままで堅く秘密のベールに閉ざされ、半分伝説のように語りつたえられてきたこの村が、はじめて一部の好事家の前に公開されることになったのだ。
公開するか否かは、村の有力者の間で何度か検討の集会がもたれて、賛否両論とりかわされたようだが、どうやら「陰の村長」の一言で開村と決まったらしい。「陰の村長」の正体をしる者は、誰もいない。村の運営問題で村役たちが処理に困る事態が生じたとき、地蔵堂や有力な村役の家に、白い矢羽根の矢に結んだ矢文が射込まれていて、それに指示が書かれているという噂があるが、きっと私のようなどこかの暇人が面白おかしくでっち上げた嘘だろう。今回は紛糾している集会場に、頭巾で顔を包んだ「陰の村長」が現れて決定の一言をくだしたそうだ。
いずれにしろお偉方たちの間の問題で、我々村人には本当のことはわからない。私としては今回、大量の紅白饅頭の注文がきたので、張り切ってこの二日ほどアンコ練りに精出していた。その間、めいぬの「へこ」は祝いの「めいぬ踊り」の練習にかり出されていた。どんな練習かわからないが、夜つれもどされてきた「へこ」の体には鞭跡がたくさん付いているので、だいぶ厳しく仕込まれていたようだ。
朝、花火の音で目をさました。初夏のすがすがしい晴天だった。私は饅頭を積んだ箱車を「へこ」に引かせて会場の広場にむかった。この犬車は「フランダースの犬」の牛乳の箱車から思いついて作ったのだ。しかし名犬パトラッシュと違って、駄犬「へこ」は並木の松にすぐ片脚かけてマーキングしようとするので、そのたびに乗馬鞭をふるわなければならない。
紅白饅頭を納品し、「へこ」を「めいぬ踊り」の世話役にたくして、鍬入式(くわいれしき)を見にいった。村人全員が見守るなか、有力者のながい挨拶や、堂守りのノリトの後、村役がクワで土を掘りかえした。そのあと、今日は顔をおしろいでお面のように白く塗り、両頬に日の丸のように真っ赤な丸を描かれた滑稽な正装の聖蓄「真弓」が、紅白の引き綱で引き出されてきた。そうして地面に手をついたまま今掘った穴の中にむかって、高くお尻を突き出し、ぶりぶりと音をたてて脱糞した。子供たちが歓声を上げ、村人たちは笑い声をあげ、村役達だけが厳粛な顔をしていた。堂守りが御幣を振ると、真弓の大便の臭いが風にのって我々のほうに流れてくるようだった。聖なる肥料を捧げられた穴には松の木の苗が記念植樹された。育つと立派な第二のお仕置き松になっていくのだろう。
突然にぎやかなお囃子がはじまり、「めいぬ踊り」がはじまった。みな真弓と同じように頬に赤丸を描いた白塗り面で、首に地蔵の赤い涎掛けをつけている。
「めいぬ踊り」には決まった振り付けはない。めいめいの「めいぬ」が笛と太鼓のお囃子にあわせて、自分が考えられる限り滑稽で卑猥な振りでひたすら踊り狂うのだ。それがつまらなければ後ろにひかえている指導係の世話役が、長い皮の編み上げ鞭で的確にそのめいぬの尻や背中を打ちすえる。打たれた「めいぬ」は必死に頭を振り、わしずかみにした両乳をもみあげ、尻をくねらして「あぁ、あぁ・・・」と哀れな声をあげながら体の各部分に下がった鈴を鳴らして踊り続ける。「へこ」も「もも」も草薙家や愚地家の「めいぬ」達も踊っている。まわりをかこんだ村人たちはそんな「めいぬ」達のあさましい姿を眺めて大笑いしながら楽しむのだ。
紅白饅頭をもらった子供達がひきあげ、踊りが最高潮にたっした頃、気の早い若者たちが手に手に小枝のムチをもって踊りの輪の中に乱入した。あとは無礼講の時間だ。若者たちが打ち振るムチの音と「めいぬ」の悲鳴、ますます高鳴るお囃子がいつ果てるともしれない狂乱の宴をもりあげるのだ。
6月15日 また散歩
開村式の時、作りすぎた饅頭がまだあまっている。梅雨の季節なのでそろそろ処分するしかないだろう。午後にめいぬの「へこ」に引かせた箱車に積んで、まず地蔵堂に向かった。
牢小屋の中で私が近づいて行くのを見つけると、真弓はよろこんで駆け寄ってきて、格子の間から顔をつきだしてハアハアと舌を出して喘いだ。ときどき残飯をもってきてあげているので、彼女なりに必死に媚びているのだろう。格子から「お手」の形でさしだしてくる手の指は、親指以外の第二関節から先をすべてきりおとされていて、赤ちゃんかドラエモンの手のように可愛い。この指では物をつかむことは難しいが、それが聖蓄の印(聖痕)なのだ。
私は顔の真ん中にぶら下がっている鼻輪をつかんで、力いっぱい上に吊り上げる。真弓の美しい顔がゆがんで醜い豚っぱなになった。次に舌をつかんで引き下ろして、大きく開いた口の中に唾を吐きかける。聖蓄に痰や唾をかけたり、小便を浴びせたりして汚すのは、我々村人が汚れを聖蓄に移し憑かせる儀式なのだ。
しばらく顔をなぶって遊んでから手を離すと、真弓はいそいそと姿勢を後ろ向きに変え、こんどは牢格子の間から尻を突き出してきた。見るとアナ○には6.5センチのプラグが差しこまれたままになっている。6.5センチが入るようになったのがよほど嬉しいのだろう。しきりに尻をゆすって誇示する様が滑稽だ。陰部をまさぐるとすでにねっとりとした暖かい淫水が指を濡らした。村の若者達のなかにはこのまま真弓を牢格子越しに犯したり、牢から引き出していたぶったりする者もいる。こんな汚い身体の「めぶた」を犯すというのもかなり物好きな話だが、聖蓄の汚れは聖なる汚れなので、堂守りの爺や以外の者が勝手に洗ったりするわけにはいかないのだ。私は今日は余所にまわる予定もあるので、指を使ってなぶるだけにしておく。
私は牢格子の扉をあけて、もってきた饅頭を掴み放り込んだ。この扉は村人なら誰でも簡単にあけられる簡易錠がついているだけなのだが、指先の無い真弓自身にはもちろん開くことはできない。普段の残飯とちがって思いがけぬご馳走をもらい、真弓は喜んで「ぶーぶー」と鳴き声をあげ、大股をひらいて無様な「おちんちん」の格好のまま、爪先でぴょんぴよん跳ねまわる。私はわざと食事許可の「よし」を与えないまま地蔵堂をあとにした。聖蓄といえども勿論、くれた人の許可をもらわずに勝手に餌を食べることはできない。真弓は次に誰か村人がやってきて、「よし」の許可をくれるまで、このまま「ぶーぶー」なきながら牢の中を跳ねつづけているのだろう。めちく同志の同情心から、心配そうに振り返る「へこ」をうながして、私は犬養家に向かった。犬養家の十馬と先日、村の会員制酒場の満月亭で会ったときに、めぶたにした「もも」の滑稽な食事光景の話をきいたので、一度みておきたいとおもったのだ。
呼び鈴を鳴らしたが返答がない。十馬は留守のようなので、勝手に門扉をあけて家畜小屋がある裏庭にまわった。門をあけておくからいつでも覗きにくるようにと言われていたのだ。小屋を覗くと大きな豚達が動きまわる奥に、白い裸身のままうずくまっている哀れな「もも」の姿がみえた。声をかけると懐かしそうに這い寄ってきて餌窓からつき出した首を何度も上下に振りながら、「ぶうぶう」と挨拶をした。「もも」はこの村で「めいぬ」になる以前に自主トレーニングのコーチをしてあげたことがあるので、私もとても懐かしい。餌窓から出した頭を足で踏みつけて可愛がってから、いよいよ食事光景を見ることにした。
まず本豚の為のソーセージを仕込まなければならない。今日私が持ってきたのは縦に何個も連結している形のソーセージだ。「もも」に尻を向けさせて、肛○の中に繋がったままのソーセージを何本もつぎつぎと押し込んだ。私はこのソーセージを入れた「めいぬ」が、1〜2個アナ○から垂れ下がっている部分を命令どおりに、尻を回してぶんぶん円を描いたり、縦振りや横振り、8の字などに振り回す尻尾芸を見るのが好きなのだ。以前、十馬にも薦めたことがあったが、本豚に食べさせるために産み落とすには、単体のほうが便利なようで連結ソーセージはまだ使っていないらしい。
私は箱車の中にのこっていた饅頭を餌箱の中にぶちまけた。豚達が殺到し、「もも」もあわてて豚達の前に尻を突き出しては、ソーセージをひりだそうとしている。豚は「もも」の尻に群がり哭きわめく。力みすぎた「もも」のアナ○から可愛いおならの音が漏れ、続いてソーセージが顔を出した。にょろにょろと出てきたソーセージは繋がっているので、一本分つるりと産み出されても下には落ちずに切れの悪いウ○コのようにぶらさがったままプラプラとゆれている。一頭の豚がそれをくわえて、引き出そうとする。「もも」は尻の穴をすぼめて必死に抜かれまいとしながら饅頭を食べようとする。この滑稽な綱引きにはおおいに笑わせてもらった。ついにずるずるとソーセージの列がひき抜かれ、豚たちがそれをむさぼっているうちに、あわてて餌箱に突進した「もも」が顔中をアンコまみれにして、浅ましく饅頭をほうばる姿が実におかしかった。
留守の十馬には楽しませてもらったお礼に新しい饅頭を一箱、玄関のドアノブにひっかけて犬養家をあとにした。あとは居酒屋の満月亭によって、冷たいビールでも飲んで帰ろう。
途中の村道で、ドッグトレーニング中の愚地と、そこの新しい「めいぬ」の美里と出会った。愚地は鞭を片手に、たどたどしく這う美里の白い尻を打ちながら歩行訓練をさせていた。屋外を歩くときには「めいぬ」は膝をつかずに尻を持ち上げてよたよた歩くのだが、この歩行は首と前足に負担がかかってとても苦しい。慣れないうちはボロ切れで作った膝当てを付けて練習する。美里もまだまだ調教が必要なようだ。しかしそのたどたどしい踊りが、開村式の「めいぬ踊り」では初々しくて人気をよんでいた。飼い主どうしが話しているあいだ、「へこ」が「先輩めいぬ」のいたわりか、しきりに美里の尻の傷跡を舐めてあげている。しばらく立ち話をして別れた。
満月亭の隣には村営の家畜市場がある。家畜市場では、めちく志望の女がくると競り台にのせて村人たちにお披露目される。そこでいろいろ品定めをされたり、珍芸を披露したりして、やがて希望する村人のもとに飼われていくのだ。最近は飼い主希望者の需要が多くてなかなか「めちく」を入手しにくいそうだが、私もいつか良い「めちく」を手に入れたいものだ。最近はあまり行っていないので、どんな状況かはわからないが、今度久しぶりにひやかしに行ってみようと思っている。
満月亭は会員制の小さな居酒屋で、村の住人しか入れないが家庭的な良い店だ。地酒とうまい〆鯖を喰わせてくれる。ママはごくたまにしかあらわれないので、チイママがほしいところだ。姉妹店の三日月楼は村外の人たちも自由に入れる大きな店だ。最近は三日月楼が大いに賑わっているらしいが、今日はしずかに飲みたいのでこっちにしたのだ。入り口のめいぬ柵に「へこ」を繋いで中にはいった。満月亭はまだ時間が早いのに常連がそろっていた。奥の座敷では草薙医師が多々良双角と村名物の地酒「犬正宗」を飲んで、なにやら高尚な議論をかわしていた。難しい話題にはついていけないので挨拶だけをして、私はカウンターに座っていた源さんの隣にすわって地ビールを注文した。
裸に赤い金太郎腹掛けだけのお運びいぬが、おずおずとコップとつきだしを持ってくる。腹掛けは小さくて胸乳も陰部も丸見えだ。後ろを向けばもちろん、丸いお尻もすっかり見えてしまう。腹掛けの真ん中の大きな丸のなかには金の字のかわりに満の字が書かれているが。これは「キン」に対する「マン」ではなく、もちろん満月亭の満の字なのだ。この店では客は自由に「お運びいぬ」の身体を触ったりなぶったり出来る。私もお尻の大きな新顔の「めいぬ」を側によび、乳首や乳房をひねりあげては、可愛い悲鳴を楽しみながら源さんと、玲さんや弓華さんの思い出話などをして地ビールを飲んだ。
7月10日 雨の楽しみ
毎日じとじとと雨がつづいている。こんな天気の日には無性に女を責めたくなるのは私だけだろうか?裏山の山道を散歩していると、立木に縛られて雨ざらしになっている女犬をよく見かける。雨音をぬって女犬の悲鳴が林間から聞こえてくる日もある。女犬が濡れネズミでふるえている、惨めな姿はとてもよいものだ。女犬に梅雨はよくにあう。
昨日も奴隷市場の前の晒し台に、新しい女犬が雨にうたれながら晒されていた。女犬になりたい女は村の登記所に申しこんで「めちくの鑑札」をもらい、下見期間の3日間その晒し台の上で、木の首架せ板に首と両手を挟まれてれて晒される。それからはじめて市場にだされて飼い主にえらばれるのだ。下見期間が梅雨時だったのは女犬自身の選択だったのだろう。
梅雨の晴れ間をみはからって沢地にでかけた。沼地の泥濘のなかに荒縄で縛った「へこ」ころがして靴で踏みにじる。頭から泥まみれになってのたうつ様が面白い。荒縄の端を持って沼の中に蹴りこんだ。ここは浅いのだが、後ろ手に縛ってある「へこ」には、泳ぐことも手をついて顔をもちあげる事もできない。ばちゃばちゃと泥水の中でもがくだけだ。ときどき荒縄を引いてひきあげ、息をつかせてからまた蹴りこむ。何度か繰り返すうちに大分泥水を飲んだのか動きが弱まってきたので岸に引きずりあげた。
「へこ」の髪はところどころを部分的に長いまま残し、あとはバリカンで虎刈りにしているので、顔に張り付いた髪の房からそれぞれだらだらと滴をたらして喘ぐ様が滑稽だった。死にかけた魚のようにぐったりとよこたわる「へこ」の、泥水を飲んでふくらんだ腹を踏みつける。「へこ」はあわれな蛙のように「ぐえー」と悲鳴をあげて口と尻から水を噴き出した。さらに両足をつかんでさかさに持ち上げて、袋の中身ををあけるように上下にゆすった。「へこ」はボロキレのように逆さまにぶらさがり、何度もげぼげぼと水をはいた。
どうやら人ごこちを取り戻したようなので、水辺の木に立ち縛りにして放置することにした。やがて身体が乾くと滑稽な泥人形ができあがるだろう。私は一人で引き返した。
僅かな晴れ間のうちに雑用をかたずけておこうとして出歩いているうちに、野ざらしにしておいた「へこ」のことはすっかり忘れていた。思い出したのは夕方ビールを飲んでくつろいでいるときにまた降り出した雨音でだった。私は傘をさして沼地にむかった。
雨は雷をともなってますます激しくなっている。「へこ」は泥濘のなかで雷雨にうたれたまま立木の幹に縛った時の状態で失神したようにうなだれていた。子供たちにいたずらされたのか、身体に枝で打った跡が残り、股間には小枝が差し込まれている。縄を解いて崩れおちる身体を抱き抱え、何度か頬に平手打ちを与えると、やっと気がついて泣きながらしがみついてきた。しゃくりあげる「へこ」を肩にかついで雨のなかを帰った。草薙医院へ寄って胃の洗浄をしてもらったほうがよいだろう。
8月1日 奇妙な果実達
梅雨があけてから暑い日がつづいている。夕涼みがてら奴隷市場を覗きにいった。今日は市場は開かれてはいないのだが、かわりに建国1周年の記念行事のひとつ「闘犬大会」がおこなわれている。市場の前にはこの日のために訓練されてきた村の「めいぬ」達が、闘犬として顔見せのために金属のとがった鋲をうえこんだ首輪をつけ、檻にいれられて並べられている。やる気満々で鋭く目をひからせている闘犬もいるが、不安そうにおどおどと身をすくめている「咬ませ犬」らしい弱犬もいる。
会場に入ると普段は土間の中央に置かれていた競り台はとりはずされ、かわりに低い金属のサークルが設置されている。柵で囲まれた直径6メートルほど円が今日の闘犬大会の特設リングなのだろう。まわりを取り囲んでいる観客はすでに興奮して、なかでも血の気の多い連中は盛んに闘犬たちに野次や罵声をあびせている。格式高い「女相撲大会」とちがって、こちらの客は皆お金をかけて「犬券」を買っているので、ガラもわるいが反応もリアルなのだろう。
すぐに次の試合がはじまる合図があって、2匹の犬達がそれぞれ市場のハンドラー達に鎖を引かれて引き出されてきた。1匹はいつも重労働用の「めうし」として、逞しい丸裸に首輪ひとつで道路工事などの労役をしていた「ガンマ」という名の「めちく」だ。女子プロレスのヒールだったアジャ・コングのように野生的なファイター顔をしている。自信たっぷりに大きな乳房をゆさゆさと揺すりながら観客の歓声に迎えられて登場してきた。
続いてひきだされてきたのが色白でほっそりとした体つきの「さなえ」という名の「めいぬ」だった。市場の前の檻のなかでもすでに恐怖にふるえていたが今も目をふせて、足どりもおぼつかない。大きな鋲を打ち込んだ太い首輪が、細い首すじにいかにも重そうだ。これは戦うまでもないほど勝負はみえているが、弱い犬がどう負けるかというのも、この闘犬大会の醍醐味なのだろう。
ゴングが鳴り、飼い主たちの「いけ!」という命令がとぶと、余裕たっぷりにサークルの内円に沿って4つんばいで1周した「ガンマ」が、いきなり「さなえ」の顔面にはげしい平手打ちをかました。および腰ですくんでいた「さなえ」は一瞬で中央からサークルまで弾き跳ばされた。美しい顔が吹き出した鼻血で見る見るうちに赤く染まっていく。観客たちは一斉にいろめきたち、「ガンマ」には声援を、「さなえ」には罵声をあびせる。お金がかかっていると日本人好みの判官贔屓やベビーフェイスへの同情など消しとんでしまうようで、「さなえ」への罵倒の言葉も露骨になる。飼い主の叱咤の声をきいてやっと身をおこし、四つん這いの尻をたてる闘犬のファイティングポーズをとった「さなえ」に、待ちかまえていた「ガンマ」がとびこんできて肩にかみついた。「さなえ」の哀れな悲鳴を楽しむようにゆっくりと歯に力をこめて、弱犬の身体をリングに中央にひきずり戻す。
めいぬ村の闘犬に反則ルールはない。たとえ流血しようと飼い主がタオルを投げ込むか、レフリー役のハンドラーが勝負の判定をくだすまで戦いはつづくのだ。「ガンマ」は猫が捕らえたネズミをなぶるように、一方的に「さなえ」をいたぶっている。身体を引き起こしては蹴り倒し、サンドバックのように殴り付け、片脚をつかんでは逆さに吊り上げて陰部をひろげて観客にみせびらかす。「さなえ」も必死に反撃しようとするのだが体格技量ともに格段の差があるのでどうにもならない。哀れな痩せ蛙のように吊り上げられたまま、ぐるぐると「ガンマ」の身体のまわりをふりまわされるばかりだ。
もがいていた「さなえ」の手が偶然に「ガンマ」の、周囲を剃り上げて頭頂だけ長くのばし鞭のように織り垂らした弁髪の先を掴んだ。「さなえ」は死にものぐるいで弁髪にしがみつき「ガンマ」の首をのけぞらせ、逆さまになったまま尻にかみついた。蟷螂の斧のような抵抗はなかなか滑稽な見せ場だったが、自分の股間から手をのばした「ガンマ」に頭髪をつかまれ、そのままドスンと顔の上に尻餅をつかれてしまった。はかない抵抗でかえって「ガンマ」の怒りを誘ってしまった「さなえ」は、あとは「ガンマ」の股の下で一方的に苛まれるばかりだった。
地面に仰向けに押さえ込まれた顔を何度も往復ビンタではりとばされ、身体の細さには不釣り合いなほど豊かな両乳を鷲掴みにされ、力いっぱい絞り上げられる。苦痛にゆがむ顔からもれる悲痛な悲鳴は観客をさらに興奮させるばかりだ。さらに「ガンマ」の逞しい両腿で顔を挟まれておもいっきり締め付けられ、口から泡を吹いて失神しかけたとき、やっとレフリーの判定がくだった。勝負は最初から見えていたのだが、これはこれで楽しい虐めショーだった。
血達磨のボロキレのようになった「さなえ」は、「ガンマ」の勝利の儀式の為にリングの外にひきずりだされ、地面に「仰向けちんちん」の形で横臥させられた。これは犬の降参のポーズで、仰向けに寝て両手はちんちんの格好で、両足は足の裏を天井に向け、無様ながに股に開いて持ちあげる。こうすると4足歩行をする動物にとっては最大の弱点である、腹部と陰部とをすべて露出した、もっとも無防備な姿勢になる。素直に大きく口を開いてじっとしている「さなえ」の顔の真上に、大きなお尻の「ガンマ」がしゃがみこむ。そうして勝ち誇った高笑とともに、激しく黄色い尿を「さなえ」の顔に排泄した。こくこくと喉をならして必死に飲み込もうとするが、激しい水流はたちまち「さなえ」の小さな口蓋から溢れだし、顔面を臭い液体でびしょぬれにする。むせて咳こみながら肩であえいでいる「さなえ」は、やがて「負け犬晒し」にされるため市場のハンドラーにひきたてられていった。充分堪能したので私は市場を後にした。
冷たいビールを飲みたくなって満月亭に向かう途中、十馬屋敷の塀の下から這い出してきて、四つん這いのまま道を横切り、向かいの竹薮に駆け込む「めいぬ?」の姿を見かけた。胸は確かにふくらんでいるのだが、後ろ姿の股間に男○がぶらぶらと揺れているのが見えた。あれが最近このあたりに出没して、さかんに「めいぬ」達のあいだを行き来している野良犬の「かな」らしい。今も十馬屋敷の「もも」にちょっかいを出していたのだろうか?なにか問題がおこらないうちに早く野犬狩りをして捕まえ、草薙医院で男○切除手術をしてしまわなければならないだろう。
満月亭はいつもの常連がいるだけだった。建国一周年の行事で村には多くの観光客が来ているのだが、会員制居酒屋のここはいつも落ちついてゆっくり飲める。金太郎頭に丸満印の腹掛け姿のお運び犬が、腹掛けの下部の布を持ち上げて、かわいい臍とつるつるの股を見せて迎えてくれた。秋になったらこの犬の股間の○にとっくりを入れて、人肌お燗をした地酒の犬正宗を飲むのが楽しみだ。
カウンターで十馬が揚げ出し豆腐とさよりの刺身をさかなにビール飲んでいたので、さっき見た「野良犬かな」の話をした。帰ったらさっそく「もも」に問いただしてみるという。野犬狩りも山に逃げ込まれると村人総出で山狩りをしなければならないので大変なことになる。そうならないうちに罠でもしかけて捕獲してもらうよう、明日でも保健所に連絡をしてくれるそうだ。また地蔵堂の聖蓄の真弓豚がどこかに貸し出されていったという話題も聞いた。真弓のいない村は寂しくなるが、早く帰ってきてあの汚い姿を見せてほしいものだ。日課の地蔵堂参りの散歩もしばらくはお休みだ。
壁には一周年記念行事のドッグレースのポスターが貼られている。なかなか面白そうだがあいにくその日は長期バケーションで旅行中だ。ドッグレースと野犬狩りのレポートは他の村人にお願いしよう。どなたかよろしく頼みます。
ほろ酔いになって店をでた。帰路、広場の市場の前に立つお仕置き松の側を通ると、大きくひろがった枝から縛られた数体の「めいぬ」がぶらさげられている。闘犬大会の負け犬の晒しらしい。勿論「さなえ」も一番高い枝からぶらさげられて夜風に揺れていた。
それはまるでビリー・ホリデーの有名なジャズボーカル「奇妙な果実」を思い出させる光景だった。私は夜風に吹かれながらゆっくりと家路をたどっていった。
8月30日 聖蓄のいない夏
日課の散歩の足が重い。いつまでも続く残暑のせいもあるが、折り返し地点の目安にしている地蔵堂に真弓がいないせいだろう。地蔵堂の檻のなかは、いつも床に散乱していた古新聞紙や糞便が、じいやによって綺麗にかたずけられ、格子からさしこむ淡い光のなかを微かに埃が舞っている。
じいやに聞くと、聖蓄の修行の為に都会にあずけられているというが、村の噂では身体を痛めて海沿いの村で静養しているとも聞く。今日も不在の檻をのぞいてさびしく引き返した。聖蓄が不在の村では祭りも盆踊りもひらかれない。例年なら「はりつけ広場」に組まれた櫓のまわりで、ひょうきんな太鼓の音にあわせた「めいぬ踊り」がにぎやかに繰り広げられる時期だが、今は三角ベースをする子供の声が風にのってきこえてくるだけだ。お仕置き松の根本でいつものように「へこ」に排尿をさせながら、真弓豚の排泄を思い出した。
時々お仕置き松につながれて放置されていた真弓は、よく周りをとり囲んだ子供達に促され、4つんばいのお尻を高くもちあげた格好で排便をさせられていた。そのあとまだ暖かくこんもりと堆積した便の上にお尻を落として座り込み、尻で便をこねまわす。再び持ち上げた尻には汚物がべったりと付着している。女蓄の尻は牛や豚のように汚れていて当然なのだ。
子供たちは喜んで「きったねー」「えんがちょー」などとはしゃぎ、今度は真弓の顔を便に押しつけて頭を足で踏みにじる。顔中を自分の糞便まみれにさせてがつがつと食べる姿は、この世の者とも思えないほどあさましい。しかし聖蓄は汚されれば汚されるほど、村は清められるというのが、ここの慣習なのだ。その後真弓は膝をつかない四つん這いのまま、汚れた尻を道路に向けて高くもちあげ、晒し続ける。そうして道を行く通行人に向かって「お願いです。どうぞ私の汚いお尻を見てください。どうぞ私を嘲笑ってください」と悲しい声で哀願しながらいつまでも汚尻を振りつづけるのだ。あの浅ましい姿や哀れな声が、今は無性に懐かしい。
聖蓄真弓のいない村には子供達の歓声もきこえず、火が消えたようだ。
しっかり養生し、1日もはやく健康をとりもどして村にもどってきてほしい。
2月29日 山寺に来た小坊主
なんと前回の書き込みから半年もたってしまった。
その間どうしていたかというと、饅頭屋の景気が悪くて借金がかさみ、サラ金業者から身をかくすために、山寺にかくれて僧侶の修行をしていたのだ。
この展開を読者のみなさんは唐突だと思うだろうが、なにしろその場の思いつきだけで書いている日記なのだからどうしょうもない。人生一寸さきは闇である。
とにかく私は無人の山寺に住みついて、そこの住職になってしまった。1人で暮らすのは不便なので小坊主を1人置くことにした。奴隷市場に行くと、剃髪願望をもつM女が陳列されていたので、しばらく預かることにして連れて帰った。小坊主といってもいきなり頭をつるつる坊主に剃り上げて修行をさせるわけではない。まず1週間ほど寺稚児にすることにした。
彼女はちょうどきれいなボブカットにしていたので、頭頂をカッパの皿のように丸く剃り上げて、まわりの髪はおかっぱのまま残すことにした。まず全裸にして本堂に正座をさせ、頭のてっぺんだけを丸くハサミでカットして、そこを水で濡らして剃刀をあてる。てっぺんだけ青々と剃り上げられた女の顔は金太郎のようなので、さらに小さい子供用の赤い腹掛けをつけさせる。
男の子なら可愛い姿だが、彼女はりっぱに成人した女なので、大きな乳房が両脇からはみだし、後ろをむくと女盛りの真っ白いお尻が丸見えで、全裸以上にいやらしい。腹掛けの丈が足りないので前からは陰毛がすっかり見えている。その情けない姿で全身がうつる鏡のまえに前に立たせると、直立したまま彼女はポロポロと涙をこぼした。
私は彼女に「はげ金丸」という名前をつけた。寺稚児の仕事は住職の身の回りの雑用だ。私はきびしく仕込んだ。呼ぶとどこからでも駆けてきて、私のまえにカッパ頭を地につけて平伏する。上から見おろすとうなじと背中の腹掛けのヒモ以外は、すべて露になっている。すべすべとした背中やむっちりとしたお尻がとてもいろっぽい。
最初はみっともない姿を恥じていた「はげ金丸」も、3日目にはカッパ頭と金太郎姿のまま、寺の中をかいがいしく駆け回ってよく働いていた。もちろん上手く出来ないときには遠慮なくお仕置きをする。畳に頭をつけて高くさしあげたお尻を、木の勺で真っ赤になるまで叩くのだ。広い境内に打擲の音と泣き声がひびいた。
しゃくりあげている「はげ金丸」を本堂の太い柱に縛って放置する。その夜、彼女が耐えきれずに漏らして尻の下に作った水たまりのオシッコを、足の指につけてネズミの絵を描いたかどうかはさだかではない。1週間後に得度式をした。今度は残りの髪をすべて剃り落とすのだ。全裸で正座合掌させて経を唱えさせる。まずバリカンでくりくり坊主に刈り上げる。ばさばさと黒髪が落ちていく度に、彼女は社会的な人間の立場をすてて仏門へと入っていく。
儀式は住職の心の中以外はすべて、清浄で厳粛にとりおこなわれる。
バリカンが終わると、剃刀をあててチリチリと剃り上げていく。青々とした地肌があらわれ恥ずかしい青坊主ができあがる。頭が終わると陰毛も剃られる。眉毛と睫毛以外の体中の毛は不浄なものなのだ。
大きく股をひらいて仰向けに寝かせた「はげ金丸」の腿の間にすわり込み、陰毛をつまんでハサミで切る。そして剃刀を使って恥丘をつるつるにしていく。両足を宙に上げさせ、両足の爪先をそれぞれの手で掴ませて、陰部やお尻の穴まで上に向けさせる。そうして肛門の周囲の短い毛まで丁寧に剃り上げた。全身真っ白いマネキン人形のようなつるつる女ができあがった。新しい越中フンドシを締めさせて、表の井戸端につれだして清めの水ごりをさせた。2月の山寺は着物を来ていても寒いのだが、修行の為には同情するわけにはいかない。フンドシだけで合掌したまま鳥肌をたてて読経しつづける裸女に、情け容赦なく何杯も釣瓶の水を浴びせた。
唇を紫色にしてふるえている「はげ金丸」に今度は着物を与える。といっても小坊主の着るのは、太股まで出るツンツルテンに裾が短い白い筒袖だ。腰に巻きスカートのような黒い腰布を巻くと一休さんでお馴染みの小坊主ができあがる。
名前を「はげ金丸」から「珍念」にあらためて、今日から正式の見習い僧にした。小坊主の仕事は水くみ、薪割り、庫裏や本堂の掃除、境内の庭の落ち葉掃き、鐘つきと休む間もない。珍念はいつも下着をつけずに、短い着物の裾を尻っぱしょりにし、白いお尻を丸だしにして駆け回っている。その格好で長い廊下を、お尻突き立てて雑巾掛けをする姿はなかなかの見ものだ。
私がお務めの読経をするときには、珍念も私の股間に顔をふせてご奉仕の修行をさせる。身体を伏せるとすっかりむき出しになるお尻を振りながら、一生懸命ご奉仕をする姿はとてもいとおしい。
右手では同じリズムで木魚をたたき、左手で珍念の青いくりくり頭を撫でさすりながら、声の調子も変えずに経を読み続けるのも厳しい僧の修行なのだ。「なんまいだぶ、なんまいだぶ、なんまいだぶ、なんまいだ・・・・・うっ!」
珍念が掃除などを怠けた時には、お仕置きに境内の杉の大枝から吊ることもある。足首を縛って逆さまに吊りさげると、下半身の着物の裾は完全にまくれあがり、剃毛した恥丘やむっちりしたお尻がすっかり露出される。
冷たい山風に吹きちぎられて聞こえてくる許しを乞うかぼそい泣き声も、やがてかすれてとぎれがちになる。しみじみとものの哀れを感じるひとときだ。奥山の杉下風に泣く尼の、声きくときぞ早春は寂しき <犬丸太夫>
私の夜の晩酌や来客があったときには、滑稽な珍芸や裸踊りで私を楽しませるのも小坊主珍念のつとめだ。青いつるつる頭に捻り鉢巻きをして、フンドシ一本の姿で「奴さん」や「かっぽれ」や「ドジョウすくい」、時には村祭りの「めいぬ踊り」などを、お尻を振り振り元気いっぱいに歌い踊るのだ。
このように楽しい時間があるからこそ、厳しい山寺の生活も続けられる。
ああ、修行の道はたのしい・・・
(この回は昨夜、尼Mさんとのチャットでの会話を参考に、私が妄想したストーリーです)
5月13日 見世物小屋の女太夫
めいぬの村と一般の社会は境を流れる河で仕切られている。河は周りの山々にこだまする瀬音から遠吠川とよばれている。しかし他の村の人々は、村から出られない「女犬」たちが、川岸に立ってふるさとを偲んで吠える哀しい鳴き声からそう呼ばれるようになったと思いこんでいるらしい。
世間ではこの村の実体はほとんど知られていない。ただ昔からまことしやかに語り伝えられているおぞましいイメージだけが、伝説のように近隣の人たちの心に根強い恐怖と好奇心を残しているようだ。この近くの子供達は叱られる時には「そんな子供はめいぬ村に売るぞ!」とか「遠吠川の橋にすてるぞ!」などと脅されて育つ。しかし実際に買われたりさらわれたりして、めいぬの村に来た女は一人もいない。ここの「女犬」たちは皆、自分から「めいぬ」や「女畜」になることを夢見て自主的に入村してきた被虐願望の持ち主たちだけなのだ。
河にかかった吊り橋の両端には小さな番小屋が建っていて、村への出入りはそこでチエックされる。しかし河とその河原は、どちらの世界にも属さぬ緩衝地帯なので、江戸時代の両国のように規制のとどかない解放区になっている。そこにいつの頃からか野良の「めいぬ」達が物乞いや大道芸を披露してもの好きな近隣の住民や、たまたま通りかかった旅行者から投げ銭を稼ぐようになっていた。
これに目をつけた村役場の若い職員が、村おこしのために毎月11日を「犬の市」と定め、その日にはこの河原を縁日のタカマチにすることを思いついた。11日をワンワンと読ませて「犬の市」とこじつける何ともしょうもないゴロアワセが、いかにも田舎の役場職員が考えつきそうなお寒い発想で、書いている作者も思わず赤面してしまう。(=^^=;
タカマチの目玉として見世物小屋を建てることになり、私もそこの絵看板の注文をうけた。私が昔、饅頭屋になる前は流れ者の旅絵師をしていた事を思い出した古参の職員がいたのだろう。ながらく絵筆をとってはいなかったが、借金取りに追われて山寺に隠遁している身なので、すこしは稼がなければほんとうに破産してしまう。
むかし日本の縁日には付き物だった因果物の見世物小屋も、一時は口上の差別用語を禁じられ,障害者を見せものにしてお金を稼ぐのは人道的ではないなどという、実体を知らない小児的良識派の偏見とで消滅してしまった。あれは社会保障の制度が発達していなかった時代の障害者救済事業であり、口承芸能の原型を伝承する貴重な文化遺産だったのだ。日本の文芸の基層に流れる「もののあわれ」や「異界への畏怖の心」は、あのように磨きあげられた伝承芸能によって伝えられてきたのだろうに・・・。
見世物のスターになる太夫の手術が完成したので、打ち合わせをかねて見に来るようにと連絡が入り、珍念に留守をたのんで久しぶりに村へ出かけた。場所は草薙医院の隔離病棟だ。
屋敷の裏手にまわり、土蔵の内部を改築した病棟に案内された。中は長年閉めきられていた倉特有のかびくさい臭いと、女の体液のすえたような臭いがこもっている。裸電球に照らされた殺風景な内部には木の格子がはまった狭い座敷牢が並んでいる。
集まったのは昔、見世物小屋の興行元で今は数少ない見世物口上を語れる老人とそのおかみさん、世話役の村役場職員の若者、今回の企画の為に自分の「めいぬ」を提供してくれた元飼い主の男、そして絵看板担当の私だ。倉の中央の置かれたの教壇のような台をかこんで、椅子にすわって待っていると、草薙医師がひとつの座敷牢の扉をあけて、さっきから隅に蹲っていた白い獣を引き出してきた。
「お待たせしました。これが出来立てのほやほや、白豚太夫のコミナです。これから包帯をとって傷口を調べましょう」
首輪からのびるリードを引かれて四つん這いのまま、よたよたと中央の台に這いよってきたのは、推定年齢28〜9才の丸裸の女だった。妙齢の女特有の色白のむっちりとした肌が妖艶で、胸の下では大きな乳房がゆさゆさと揺れている。一昔前の婦人雑誌の表紙絵のような髪型は、山の手の奥様風の美しい顔立ちによく似合っている。しかし丸裸で首輪のヒモをひかれて這っている姿と、つつましやかで上品な顔との落差が異様だ。そしてもっとおどろくのはその手足の短さだ。腕は肘の位置まで、脚は膝までの長さしかない。四肢の各先端には血膿のにじんだ包帯が巻かれている。
立会人たちのざわめきの中、女は真上に下がる裸電球の明かりに照らされて、台の上に四つ脚でたった。恥ずかしげに目をふせて、荒い息使いの度に白い肩や乳房が細かく震えている。我々はたちあがり、顎に手をかけて女の顔を仰向かせてその美貌を感嘆したり、形の良い尻の肉タボを引き開いて陰部を観察したりした。
やがて草薙医師にうながされて女は仰向け横たわり、汚れた包帯につつまれた四本の脚を宙にさしだした。草薙医師が包帯をゆっくりとほどきはじめた。その血膿のにじんだ包帯の様子から、どんなに無惨な切り口があらわれるのかと、満座が息をのむ中で、ついに包帯はとりのぞかれた。見ると肘までしかない二の腕の先にはちゃんと手がついている。彼女はその手をかわいらしく握ったり開いたりしてみせた。みごとに接合手術が成功したのだ。つづいて膝までの太股の先についた足があらわれ、それがかくかくと動いたときに周りからいっせいに拍手がおこった。縫合後の傷口はきれいにふさがり血の跡もない。包帯の血膿は観客の恐怖感と期待心を高める為の演出だったのだ。
コナミの元飼い主だった男が、事情を語り始めた。
「この白豚は私の妻です。しかし半年前から膝と肘に悪性の腫瘍が発見されて、医者にこのままでは命にかかわるので早急に切断手術をしなければならないといわれました。私は妻の両手両足がなくなっても、私の愛情にはなんの変わりもないと確信していました。そうして命が助かるのなら、私はだるまのようになった妻を一生可愛がるつもりでした。ただ手術にはたくさんのお金がかかります。病弱な母親をかかえたサラリーマンの私にはそんな蓄えはありません。
あるとき、この村に手足を切断してまた、自由にどの位置にでも接合することが出来る天才的な技術を持った外科医がいるということを聞きました。また村おこしの為に見世物小屋を復活させる企画もあるという話しも聞きました。その話はある日、妻から私にきり出されました。肘と膝の患部を切り取った跡にまた手と足をつないでもらい、自分は見世物小屋の太夫として生きたいと言うのです。見世物になって稼げば、高い手術費の借金も自分の力で払うことができるともいいました。
私たちは何日も話し合い、悩みました。ほうっておけば生命にかかわるのだから、手術はいずれにしろしなければなりません。しかし今の私たちには手術代をはらえません。ほかに方法はありませんでした。見世物になるということは、その興業のあいだ別居するか、本当に見世物小屋の人間になるつもりなら離婚をしなければならないということなのです。妻の決心はかたくどうしてもひきません。見世物小屋でさらし者になって生きるのが妻の長年の夢だったのです。
とうとう私も決心しました。妻がこの病気で亡くなったのだと思えば、私はあきらめもつく。何よりも拾った命の続きの人生を、妻が本当に望むように生きさせてあげる事が、彼女の為なのだと自分を納得させたのです。こうして今回妻の体を草薙先生に手術していただき、身柄も興行元さんにお預けすることにしたのです。世間の人は私を鬼のような夫だと言うでしょう。病気でかたわになった妻を見捨てて見世物小屋に売り飛ばした人非人。金に目がくらんだ強欲な守銭奴。しかし私たちの真実は私たちだけが知っていればいいのです。妻はきっと見世物小屋の人気者になるでしょう。こんなに美しく、こんなに優しい女はほかにいないのですから。皆さんどうかコナミの白豚太夫を可愛がってやってください。よろしくお願いします。よろしくお願いします」
男は話し終わるとハンカチを目に当ててむせび泣いた。白豚のコナミも四つ足で台の上に立ったまま泣いていた。興行元の老夫婦も村役場の若者も、私も二人の深い愛情にうたれてもらいなきをしていた。興業主の夫婦が
「見世物は日銭が入るので2〜3年辛抱すれば、きっと手術費の借金は返せるだろう。巡業は全国をまわるので別れて暮らさなければならないが、年に1度はあんたの住んでいる街にもいくので、その時は奥さんの晴れ舞台も見ることができる。今は奥さんの希望をかなえてあげるのがなによりだ。若い身空をこの先何年も世間から隠れて病院のベットのなかで過ごすより、毎日お客さんの拍手をあびて生きる方がどれだけ張り合いのある人生なのかわからないのだから・・」
といってなぐさめている。いつのまにか台から降りて夫の足下にすり寄ってきていたコナミが泣いている夫に取りすがり、夫の涙を舌で舐めながら
「あなた、どうか泣かないでください。こんな生まれもつかぬ姿になってもコナミは今とても幸せです。先生のおかげで命も助かり、不幸な病気のおかげで子供の頃からの夢だった見世物になることができ、そして今あなたにどれほど愛していただいているのを感じているのですから。
一生懸命に親方の調教をうけて、きっと立派な白豚太夫になります。毎月お金をおくりますから、それでお義母さんの治療費もはらってください。それに年に一度はお休みをもらって逢いに帰ってもこれるし、がんばって借金を払い終わったらまた一緒に暮らせるじゃありませんか。その時にはこのめいぬ村に住まわせていただいて、あなただけの白豚コナミとしてお仕えします。ここでなら私のこんな身体でも世間から偏見をもたれずに、きっと楽しく生きていけるでしょう」しかしなぐさめるコナミの頬も濡れている。我々は目配せしあい、今は周りの事も目に入らぬように、しっかりと抱き合って唇をあわせる二人だけを残してそっと外へ出た。
あたりにはもう夕闇がせまっていた。
帰途をたどりながら、あの美しい白豚太夫の姿を、どのように絵看板に描けるのか考え続けた。見世物絵看板の名人、志村静峰の名作の数々が頭をよぎった。私にあの作品のあとを継げるような絵看板が描けるだろうか?貞淑なコナミ夫人の為にも、あの夫の為にもがんばって、すこしでも多くの客を呼びこめるよう、淫らで妖艶な白豚太夫を描かねばならないと思った。
今の時代、坊主といってもお布施と賽銭だけで生活できるほど甘くはない。檀家からの定期収入で生活費には困らないが、饅頭屋でつくった借金返済の為には別の事業も考えなければならない。
余った敷地と建物を利用して幼稚園の経営をはじめた。まだ園児もすくないので実際に園児をおしえる先生1人と、給食の世話をする栄養士、あとはパートの奥さんと珍念の手伝いでやっていけるだろう。
先生の募集広告をだすと就職難の時節柄、村外から数十人の応募者が集まってきた。彼女達にこの幼稚園独特のシステムの説明をすると、半数はおどろいて帰っていったが、どうしても就職しなければいけない事情のある子が20名残った。もちろん私の趣味趣向をぞんぶんに加味して、その中からまだういういしい色白美人の子を採用した。波子という新卒の美少女だが、採用試験に私の足を舐めさせた時の必死な舌使いが気に入ったので、ナメ子とよぶことにした。
この子犬幼稚園では体罰がゆるされている。それはナメ子が園児にあたえる体罰ではなく、園長である私がナメ子にあたえる体罰である。園児が言うことを聞かないときや、悪戯をしたときにはナメ子はその園児に話して注意をあたえる。そのあとで、いたらぬ躾しかできなかった教師への罰として、ナメ子は園児たちの前で尻を出し、私の手からスパンクを受けるのだ。
教室の壁には園児用の可愛い図画や工作の作品と並んで、ナメ子先生用の大きく肉厚の特製パドルが掛けられている。園児たちは自分たちだけが一方的に叱られるだけではなく、先生自身も自分のためにより厳しい罰をうけているのを目の当たりに見て育つ。それは自分が罰せられるよりもつらい光景かもしれない。自分の身を犠牲にしても自分を叱ってくれる恩師のふかい愛情を心に刻み込んで、園児達は成長していくだろう。こうした厳しい環境のなかでこそ、教師も園児達も真剣に教え、学ぶことができるのだ。
園児たちが帰ったあと、ナメ子は一匹の「めいぬ」となって、全裸に首輪一つの姿で園内の掃除や雑務に精をだす。それから園長である私の前にひれ伏して、今日一日の授業の報告と翌日の指示をうけ、失点の懲罰をうける。
食事の時間にはテーブルの下に這い蹲り、私が足下のボールの中に落とす食べ残しを、感謝の言葉とともに犬のようにむさぼり喰う。夜にはあり合わせの板きれでつくられた庭のペット小屋まで首輪の鎖をひかれていき、園児たちが飼育するウサギ小屋のとなりのナメ子小屋の中につながれて眠るのだ。夜に父兄と一緒に園内にあそびに来た園児達は、たとえ先生といえど、仕事がおわればやはり一匹の「めいぬ」でしかないナメ子先生の浅ましい姿を眺める。園児たちは自由に檻の金網のあいだからおやつのビスケットを投げ込んだり、棒で先生のお尻の穴をつついたりして楽しむ。そして先生といっても人間はしょせん、隣の小屋のウサギや鶏と同じただの動物なのだという、生物の真実を学ぶことになる。これこそ真の教育者というものだろう。
ナメ子は勿論このめいぬの村の子犬幼稚園の保母に応募してきたくらいだから、強いマゾ性を自覚していたのだが、自分の教え子の前でここまでされるとは思っていなかったようだ。はじめの頃は随分とまどったりうろたえたりして、その度きついお仕置きをうけては泣いていた。
最初に彼女がお仕置きをうけたのは、彼女がこの子犬幼稚園に赴任してきて2日目のことだった。澄子という園児が教室で粗相をした。ナメ子は後始末の後、その子に注意をし、顔をあからめて私の部屋に入ってきた。
「園長先生、今澄子ちゃんがお粗相をしたので叱りました。私が気づくのが遅れたせいです。どうかお仕置きをお願いします」
はずかしそうにおずおずと報告すると、うつむいてじっと立ったまま私の指示をまっていた。私は用意していた包みを手に彼女と一緒に教室へ行った。
ざわついていた園児達が私を見てしずまると、ナメ子は
「澄子ちゃんのお粗相は、その前に気づかなかった先生も悪かったの。だからこれから先生は園長先生からその罰をうけます。みんな先生がお尻を叩かれるところを良く見ていてね」
とこわばった笑顔をみせて言った。そして教室の後ろで見ていた私に
「園長先生。いたらないナメ子にお罰をおねがいします」
と頭をさげる。そして教えられていた通りに、小さな園児用の机に上体を伏せて、スカートをまくりパンティを下ろした。思いがけず艶めかしく白いゆたかな尻が園児たちをどよめかせた。彼女にとって職場でのはじめてのお仕置きなのだ。園児の前で必死に平静をたもとうとつとめているが、膝は緊張に震えていた。しかしその日、私はスパンク以外の罰をかんがえていた。
園児たちにむけて晒されているまぶしいほどに白いお尻に、私はゆっくりと近づくと、横に立って子供達に語りかけた。
「皆さん、さっきナメ子先生はお粗相をした澄子ちゃんに注意をしましたね。澄子ちゃんは充分反省できたでしょう。しかし澄子ちゃんだって、したくてわざとにお粗相したわけではありません。それはとってもつらくて恥ずかしいことだったのです。私はこれから澄子ちゃんの悔しさや恥ずかしさの分もナメ子先生に味わってもらおうと思います。子供の悲しみと恥ずかしさは、自分で体験してみるのが一番です。私はナメ子先生にもお粗相をしてもらいます。みなさんもよく見て笑ってあげましょうね。そしてこれからお友達がお粗相をしてもけっしてわらってはいけません」
私の言葉を聞いてうろたえるナメ子の背を机に押さえつけ、折り曲げた膝を伸ばすように言って尻をもっと高く上げさせる。左手の親指と人差し指で尻タボを開き、露わになったア○ルに薬液をいっぱいに満たした特大ガラス製浣腸器の先を挿入する。園児たちは大人が浣腸をされる場面をはじめてみて興奮していたが、いつも自分達がされている何倍もの量が注入されていくのを見て息をのんで静まった。すべて注入し終わると私はさっきしかられていた澄子に、空になった浣腸器を手渡して、これにいっぱいお水を入れてくるようにと頼んだ。
丸めた脱脂綿を自分の指でア○ルに押し当てながら、ナメ子はせつなく哀願しつづけている。
「園長先生、もう漏れそうです。だめです。もうだめです。どうぞおゆるしください」
澄子が泣きながらも水をみたして駆け戻ってきた。私は園児達にもよく見えるように尻の位置を修正し、なおもゆっくりと水を注入した。シリンダーが底まで届くと浣腸器をゆっくり引き抜き、こんどはナメ子に全裸になって並べた机の上に仰臥し、両足を持ち上げて両手でそれぞれ左右のつま先を掴むように命じてた。ナメ子は裸になり、解剖台のヒキガエルのように無様に両股をひらいた。白い腹をあえがせて呻いているナメ子を見ながら、私はもう一つの包みを開いた。
中からは私が考案して最近特許申請が認可されたばかりの、透明軟質ビニール製オムツカバーの試作品があらわれた。わたしはこれをナメ子に試してみたくてこの機会を待っていたのだ。園児たちに席を立ってナメ子を取り囲むよう指示して、私はそのオムツカバーを彼女の尻をくるむように装着した。彼女の頭の中は今真っ白になっているのだろう。あえぎ声はいま、悲鳴になっている。
「わー。先生が赤ちゃんみたいに裸ん坊でオムツしているよ」
「透き通って中まで全部みえてしまうよー。変なオムツカバーだね」
周りで園児達がはやし立てるなかで、ナメ子はやっと立ち上がった。透明ビニールはガバガバと音をたて、腰のまわりをドナルドダックのように醜くおおっている。しかし透明ビニールを透して、彼女の陰毛も、尻の谷間も丸見えなのだ。私は彼女に、今日1日はなにがあってもそのままの姿で仕事を続けるようにと命じて、後ろの席にさがった。
ナメ子はよろめきながら園児達を席にもどし、自分は黒板にむかって何かを書こうとした。しかし立ち往生したまま切なく目をとじ、激しい破裂音と共に脱糞した。
思わずその場にしゃがみこもうとしたナメ子に、わたしの叱責がとぶ。ナメ子は黒板に手をつき、園児達に尻を向けたまま、嗚咽しながら浣腸液に溶けた軟便をビニールカバーの中にいつまでも噴き出しつづけた。ブチブチという噴出音をたてながら、見る見るうちに尻の周りを黄色い流動体がおおっていく。園児達は唖然としてみているばかりだ。たまらない悪臭が教室にひろがった。やがて我にかえった園児が騒ぎ立てる。
「先生がウンチをしたー!」
「きったなーい!」
「あっ。オナラも聞こえたよ」
「うわー。くさい。くさいよ〜〜!」
それでもナメ子は必死に今日のカリキュラムを思い出して園児たちに語りかける。
「せ・先生のウンチ、くさくてごめんなさいね。でも我慢してね。・・・さあ、つぎはお遊戯をしましょうね。昨日踊ったギンギンギラギラのお遊戯、みんなおぼえているかな?お外に出て先生について踊りましょうね。皆さん立ち上がってちょうだいな」
股間に軟便でみたされたビニールカバーをぶら下げ、園児達を引き連れ、無様なガニ股歩きでそろそろと運動場に出たナメ子は、しゃくりあげながらも、頭上にかざした両手首をまわし、足踏みをしながらたどたどしい涙声で歌い踊った。
「ぎんぎんぎらぎら夕日がしずむ、ぎんぎんぎらぎら日がしずむ〜・・・♪」
ナメ子が足踏みをし、腰を揺らすたびに、透明オムツカバーの中に溜まった大量の軟便は、グチャグチャ、ガボガボと滑稽な音をたてて、臭気をあたりにふりまいた。両手を高くささげたまま裸身をくるくると回すと、両股を締めるゴムの止め口から幾筋もの黄色い液体が脚を伝い落ちていく。やはりあの止め口は改良の必要があるようだ。
遠巻きにしていた園児たちもやがて、ナメ子の後について踊り始めた。
「まっかっかっか空の雲。ナメ子のお尻もまっかっか。ぎんぎんぎらぎら日が沈む〜・・・♪」
いつまでも踊り続けるその姿を、夕焼けが本当に赤くそめていた。
10月6日 張見世小路の牝家畜女郎
めいぬの村には張見世小路と呼ばれている一角がある。そこは昔の吉原にあった女郎屋を再現した建物がならんでいる。おきまりの柳並木が中央に植えこまれた通りに面して、格子見世が畜舎の檻格子のように連なっているのだ。女郎として飼われているのは売春禁止法以前の女郎になりたいという願望をもったM女や、本当にローンで首が回らなくなって、急いで大金を稼ぐ必要にせまられた女達だ。
これが昔の吉原なら夕方、鳴り響く三味線の音とともに店々に一斉に灯が入ると、格子のなかに派手な打掛すがたの花魁達が居並んで、それぞれのやりかたで道を通る男たちに媚びをうる。立て膝座りで吸い付け煙管をくわえ秋波をおくったり、格子の中から腕をのばして冷やかし客の袖を掴んだりして店によびこむのだ。
しかしめいぬ村の家畜女郎は豪華な打掛どころか長襦袢や腰巻きさえ身につけることはできない。格子の中ではすっぽんぽんにされた女達が、家畜小屋の豚の群のように白い裸体を晒している。見世が終了する10時までに1人の客もとれなければ、牛太郎ややり手婆達から厳しい折檻をうけるので、皆必死に媚びをうる。彼女らは花魁のように美しい着物や髪飾りも身につけていない裸女郎なので、自分の身体だけを見世物にして客の気をひかなければならない。だからひたすら恥知らずな痴態を演じるしかないのだ。格子にすがりつき、桟の間から豊かな胸乳をつきだして
「お客様、責めてください!嬲ってください!」
と哀願する女や、大きな尻を通りに向けて、自分の平手でピシャピシャ打ちながら
「どうぞ叩いてください。好きなだけ叩いてください!」
などと叫ぶ女達が哀れなデモンストレーションを繰り広げるのだ。私が通りからそんな裸女郎を眺めていると、すかさず近寄ってきた牛太郎が
「お客さん、今夜は初見世のよいおぼこ娘が出ていますよ。たっぷり責めてやってくださいな」
とささやきかけてきた。男の指し示すほうを見ると、たしかにまだ初々しい体つきの若い娘が先輩お女郎達の陰に隠れるようにひっそりと正座して、上品な顔をふせている。
「そんなに奥に引っ込んで居ちゃ誰からも見てもらえねぇじゃないか。さあ、もっと前に出てきて股をひらいて旦那にお見せしないかね。買っていただけるよう、ちゃんと自分でお願いするのだ。」
男に促されると娘は格子の前に出てきて、あらかじめ教えられていたのか犬のちんちんのように大股をひらいたM字開脚でしゃがんだ。そうしておずおずと両手を両乳の下に添え、乳房の根本を絞り上げる用に持ち上げる。その乳首には真新しいピアスリングが光っていた。乳房を交互に押し上げながら娘は蚊の鳴くような細い声で哀願する。
「お客様、どうぞごらんになってください。私を好きなようにお嬲りください」「旦那、この子は先月20歳になったばかりですが、子供の頃から「めいぬ村」の裸女郎に憧れていて、自分で進路を決められる20歳の誕生日の翌日に親を説得し、覚悟をみせる為に自分で乳首にピアスまでしてここにきたのだから驚きですぜ。1ヶ月ほど下働きをさせてこの仕事を見せたが本人の意思がかわらない。この根性なら大丈夫と思って今夜初めて見世にだしましたのさ。それでもまだ未通だから最初はやっぱり旦那のようにやさしそうな殿方に仕込んでいただきたくてお声をかけさせてもらいました。さぁ、お尻を開いて旦那に未通の穴をお見せするのだ」
娘はちいさく「あい」と答えて後ろを向くと、真っ赤にそまった顔を畳にすりつけて膝をつき、高く掲げた尻たぼを両手でひき開いて、綺麗な色の陰部や菊花しぼりに締まった後ろの穴を晒した。
「よくご覧になってやってくだせえよ。ほら前も後ろも手着かずのまっさらですぜ。この穴で楽しむのも良し、犬にして嬲るのも、豚にして責めるのもお客さんの自由自在さね。アッシも長いこと牛太をしていますが、これだけの子はめったにあるものじゃない。お小夜、お前はどうして嬲っていただきたいのだい?」
「あい。卑しい家畜にされて恥ずかしい調教をしていただくことが小夜の望みです」私はお小夜とよばれたこの娘の哀れさが気に入ったので買うことにした。
「よし。きめた。今夜はこの子をアヒルにしてみよう。池のある中庭にめんした部屋はあいているかい?」
「もちろん良い調教部屋をご用意させていただきます。お小夜、旦那に御礼をもうしあげないかね」
「あい。お客様、ありがとうございます。一所懸命につくします。ありがとうございます」
畳に額をすりつけて土下座する娘に遣り手婆が首輪のついた太い鎖をじゃらじゃらさせながら近づいていく。
「それでは早速、家畜女郎の引き立てをいたします。ゆるゆると調教部屋へまいりやしょう」
婆は娘がさしだした細い首に黒革の首輪をはめると、太い鎖の先をひかえていた牛太郎に手渡した。かっての吉原の華やかな花魁道中にかわって、ここでは買われた女郎は惨めな犬のように首輪につけた鎖に繋がれ、4つ脚歩きで調教部屋へ引き立てられていくのだ。よたよたとたよりなげに進む娘の尻を遣り手婆が細い竹の棒で打ち据える。その後からゆっくりと歩いていくうちに、ふと思いついて呼び止めた。
「ちょっと待った。どうせアヒルにするなら、ここからアヒルになって道中を続けてもらおうか?」
私は娘をしゃがませ、両乳首のピアスリングに細い麻紐を結んだ。2本垂れ下がった紐の端をこんどはしゃがんでいる娘の両足の親指にそれぞれ結びつけた。紐が短いので娘は不様にお尻を後ろにつきだして、Tの字の姿勢になってバランスを保っている。今度は両腕をそれぞれ肘で2つ折りにして、手首を肩の下の2の腕の付け根にしばる。これで肘までの腕は羽根をむしられた鶏の翼のように、短く滑稽に羽ばたきするしかない。
私が促すとアヒルになった娘の道中が再開された。身体を起こそうとすると乳首の紐が引かれる。腕はそれぞれ2つ折りに縛られているので、地面につくこともできない。首輪の鎖を牛太郎にひかれ、遣り手婆に尻を打たれ、ガアガアと悲しい声で啼きながら・・・。
よちよちとおぼつかない足取りで行列はゆっくりと進んでいった。
(この項は私、室井が「家畜奴隷写真館」の「佳代あらため汚便女ぷぅさん」からいただいたリクエストを受けて書いた妄想日記です)
私はティーラウンジの駅前広場を見下せる2階席でゆっくりコーヒーを飲んでいる。「めいぬ村」には列車がとまる駅がないので、外部の人と会うためには吊り橋を越えてこの街まで出てこなくてはならない。
列車が着き、駅舎からはきだされてきた人波が広場から散った後、おずおずと佳代があらわれた。今時の若い女としては地味な色のスカートと、犬屋饅頭店が昔、オバカなコンテストで優勝者に贈ったおふざけプリントのTシャツを身につけ、手には1通の封筒をもっている。ちょっと近くのポストに郵便を入れにきたという風で、とても長距離の旅客とは思えない軽装だ。心細げに周囲をみまわし、私があらかじめ 彼女のマスターHiro氏に指定しておいた広場の時計柱の下にひっそりとしゃがんだ。口にさっきまで手に持っていた封筒をくわえている。両膝をM字形に開き、腰を落とし込んで両手を地に着いた姿は、お座りをした犬そのものだ。私が彼女のマスターHiro氏を通じて伝えていた通り、しゃがむ時にスカートを高く捲り上げているので剥き出しになった白い太股がまぶしい。2階から見下ろしているので太股しか見えないが、地上の通行人からはスカートの内部までのぞけるのだろう。人々の冷ややかな視線に晒されながら、家畜犬佳代はじっと目を伏せて座りつづけている。
佳代がマスターの Hiro氏から受けた指示はここまでなのだ。佳代はこの先自分の身がどうなるのか全く知らされていない。
この日の事は私とHiro氏とのチャットでの雑談からはじまった。話はどんどん発展して、我々は彼の家畜奴隷佳代についてある約束をした。佳代が今日この駅に来たのはその約束の結果なのだ。
いつものようにマスターとのデートを楽しみにして駅に来た佳代は、突然この町に行くよう命じられた。手荷物は取り上げられ、かわりにこの駅までの片道切符と中身も知らされていない封筒だけを手渡された。言われるまま着の身着のままで汽車に乗った彼女には今、1円の所持金さえないはずだ。私が広場へ降りて行き、声をかけない限り、彼女はマスターから命じられた言葉だけを信じて、何日でも渋谷駅前の忠犬ハチ公のようにしゃがみつづけているしかない。現在の佳代の心細さは計り知れない。彼女をささえているのはマスターHiro氏への信頼感と忠誠心だけだ。その信頼をこれから私の言葉がうち砕く。
佳代は彼女のサイトを見た誰もが知っているように、Hiro氏によって充分に仕込まれた理想的な家畜奴隷だった。喜々として塗糞や食便までこなす姿は多くのS男達の琴線をふるわせている。だから大好きなHiroマスターから与えられる肉体的な責めにはいくらでも喜んで耐えるだろう。M女にとって好きな人から受ける苦痛は責めにならない。画像で見る彼女の顔はいつも幸福感に輝いている。しかしこれから私が与えるのは、彼女の心を引き裂く行為だ。今までのように愛情表現として楽しんできたSMプレイではなく、たった1人でマスター以外の男から受ける理不尽きわまる行為。そうして信頼していたマスターの裏切り。この試練に耐えたとき、彼女は本当の奴隷畜になれるだろう。
この後私は広場に降り、名のってから彼女が持参した封筒を取り上げ、中の紙を確認させる。それは彼女の信頼するマスターHiroによって書かれた「売り渡し承諾書」だ。売られる家畜はもちろん佳代。本名○○○○、奴隷名はkayo、年齢、身長、体重、特技、病歴、家畜奴隷としての経歴。受け取り人は私の名前。そうして譲渡者としてHiro氏の名が捺印を添えて書かれている。私は女畜仲買人として彼女を入手し、商品としてふさわしい調教をした後に女畜市場で売る権利を得たのだ。書式は正式な家畜売買委任状だ。佳代は全く知らされぬまに、Hiro氏から私に品物のように譲渡されていたのだ。
急ぐことはない。私はコーヒーのお代わりを頼んでからゆっくりタバコに火をつけた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *1時間後、私が声をかけて名前を名乗ると、佳代の不安げだった顔はたちまちいつも画像で見ていた笑顔にかわった。しかし彼女の口から取り上げた封筒の中の「売り渡し承諾書」を確認させたときの様子は、今でも心が痛む。その書類が今までのマスターHIRO氏から私が、佳代を自由に売る権利を入手した事を意味すると知った時の驚愕と悲嘆。今の今までまったく知らされていなかったのだから、逆上し泣き叫んでも不思議ではない状況だろう。しかし佳代は唇を震わし大きな眼から涙を流しながら、この過酷な現実に耐えた。しかも彼女は命じられているチンチンポーズのまま、最愛のマスターの裏切りと、目の前の新しい飼い主(それも転売を前提とした仲買人)の存在という理不尽な現実を容認しなければならなかったのだ。
SMプレイ中2人だけの間で「ご主人様」「奴隷」と呼び合って居ても、それは所詮2人だけの間の愛称でしかない。奴隷制度がない日本の一般社会では、奴隷も主人もしょせん「○○ごっこ」という遊びなのだ。しかしここ「変態の聖域・めいぬの村」だけは日本で唯一、同じ嗜好を共有する者達だけで作られた、人間家畜奴隷の売買ができる世界だ。奴隷は品物や家畜のように、本人の意思と関わりなく売買されてはじめて本当の奴隷になる。佳代は長い沈黙のあと、ついに涙に濡れた顔をあげ弱々しい声で「はい。わかりました。どうぞよろしくお願いいたします」と答えた。
まず細い首に首輪を装着しリードをつないで、村へ渡る吊り橋まで行進する。村に入るまでは日本国の法律により全裸にするわけにはいかない。しかし首輪に私があらかじめ貰っておいた「仮鑑札」をつけていれば、スカートを捲り上げて尻を晒させる事は黙認されている。チンチンポーズのまま、スカートを高くまくりあげて下半身を晒すよう命じた。駅前広場なので物見高い野次馬の好奇な目や、通行人の冷ややかな侮蔑の視線を浴びつつ、佳代はおずおずとスカートを捲り上げた。M字に大きく開いた股間を見ておどろいた。slaveという入れ墨のある無毛の恥丘の下、膣から赤黒く血のにじんだ布切れがはみだしている。丸めたショーツだ。
「汚いものを詰め込んでいるな。それはなんだ?」
「はい。列車の中で生理がはじまったのですが、手荷物をすべてHiro様にお渡ししていたので・・・替わりになる物は、その時はいていたショーツしかなくて・・・」
涙声でやっと答えた彼女の全身は羞恥で真っ赤に染まっている。それでも股は左右に大きくひらいたままだ。出発時手荷物を取り上げられた彼女は、準備していただろう生理用品はもちろんハンカチ1枚持っていなかったのだろう。思いあまって自分のショーツをタンポン替わりに膣にねじ込んだ時の惨めさ、切なさはいかばかりだったろう。取り囲んでいた人垣からは女生徒たちのクスクス笑いや、あからさまな嘲笑、眉をひそめた奥様たちのささやき声が聞こえている。
何時までも股を晒させているわけにもいかないので、出発することにした。膝をつかない4つ足歩行が女犬歩きの基本だ。リードをのばして私の前を歩かせる。スカートを捲り上げ、高く掲げたお尻が、ぎこちなく左右に揺れる。下半身だけ丸出しの犬歩行は全裸犬より卑猥だ。後ろからは膣に丸めて押し込んだ血染めショーツがよく見える。
お尻が下がると遠慮なく革靴の先で蹴り上げる。何度も何度も蹴り上げる。白いお尻には見る見るどす黒い痣ができていく。行進は暇な野次馬の列を引き連れて、めいぬ村との境にかかる吊り橋まで続いた。
長い吊り橋の脇にプレハブ造りの「めいぬ村仮役場」が建っている。ここで「入村手続き」をする。事務員に加代が家畜奴隷として入村する事が本人の意志かどうか確認され、書類に署名した後、「仮鑑札」を正規の「家畜鑑札」に交換された。
佳代という人間の名前はここまでしか使えない。女犬志願者はここから新しい家畜名を与えられる。 私が彼女に与えた名前は、汚便女(おべんじょ)の「ぷぅ」と言う。女畜には普通、女犬、女馬、女牛、女豚、などの階級があるが、汚便女とはまだどんな家畜になるか決まる前の、最下等見習い女畜の階級名だ。正式の飼い主がきまる前、仲買人に訓練を受けている見習い家畜につけられる階級名だ。佳代はとうとうめいぬ村の汚便女になったのだ。
汚便女に洋服は無用だ。スカートとTシャツを脱がし全裸にする。四つん這いの尻たぼを開かせてマンコから臭い血塗れのショーツを抜き取った。生々しいショーツを頭巾のように彼女の頭に被せ、私の自宅まで全裸引き回し行進だ。猿回しのようにリードを長く伸ばして歩かせる。野次馬の子供達が集まってきて露骨な言葉ではやし立てた。道端に生えていた笹竹の枝をムチにして、立ちすくんでしまったぷぅの尻を打ちすえながら追い立てた。道で村人に出会う度、四つん這いの体をおこし、無様なちんちんポーズで挨拶をさせる。彼女は大股を開き、顔をあげ必死に涙声をあげる。
「こんど室井様のお世話でめいぬ村の汚便女になった ぷぅ でございます。まだ村のおきてを何も知りません。どうぞよろしくお嬲りご指導ください」
このような光景に慣れている村人達は、乳首をかるく嬲っては論評をして行く。
「ほう。よい牝を手に入れましたな。来月の家畜市が楽しみですわい」
家につくと井戸端で体を洗い、地面に置いた餌皿で人畜専用飼料をあたえる。あらためて身体検査をした。無駄な贅肉のない、とても魅力的な体だ。日本女特有の小降りな乳房やお尻が痛々しいほど可憐だ。乳首を引っ張って弾力をしらべたり、肛門の締まりをたしかめたりした後、尻をムチ打って耐性とどのくらい跡がつくかを試した。さすがに彼女はよく鍛えられていて、ムチの耐性はAクラスだった。割れ竹でそうとう叩いたので尻一面赤く腫れあがったが、明日にはすぐに回復するだろう。その後私はハサミと剃刀で彼女の頭頂部分を直径10cmほどの円形に剃った。お皿を乗せたような河童頭は私の趣味であり、この村ではどこに逃げても私の所有する家畜だとわかる。
夜は庭の家畜小屋に入れた。暗い庭からは一晩中、汚便女の哀しい泣き声が聞こえていた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *つぎの日からぷぅの特訓をはじめた。まずこれからはどのような人間にも服従する、賤しい身分の家畜になるのだと自覚させる。
ぷぅは今までマスターのHIRO氏によって充分に仕込まれているので、奴隷としてのポーズや苦痛への耐性には問題もない。しかし何よりも大切なのは表情だ。
いくら屈辱的な格好をしても心に人間時代のプライドが残っていれば顔つきや目の色に表れる。愛するマスターからではなく、初めて会った他人の私からうける調教に驕りからくる甘えや馴れ合いの照れ笑い、ふてくされは絶対に許されない。家畜の精神を鞭打ちや逆さ吊りなどの懲罰で徹底的に教え込む。
初日のとまどいは2日目から、おどおどと飼い主の顔色をうかがう卑屈なまなざしに変わり、数日後には私の命令には絶対にさからえないことを身にしみて理解した。さらにどうすれば自分が最も惨めな家畜に見られるかを考え、いつでも自分から無様で情けない格好をとるようになった。私がもとめている家畜牝は愛するマスターと喜々としてしてSMプレイを楽しむM女ではなく、屈辱と悲哀に泣く卑しいバカ豚女なのだ。佳代の目からサイトで見馴れた知的な光が消え、最下層家畜らしい愚鈍な表情に変わった。
表情が気に入らない時には「尻面犬になれ」と命じる。するとぷぅはもう自分の顔も見てもらえない。「尻面犬」とは人面犬から思いついて私が作った言葉だが、四つ足で這い、尻を顔に、顔を尻に見立てた「逆向き犬」になる事だ。
私が座っている時にはいつでも、ぷぅは後ろ向きに膝をつき、顔を床にすりつけるように伏して私に肛門が見えるように尻を向けている。私が立ち上がると膝をのばしてたかく尻を持ち上げる。私が室内や庭を歩き回る時にはすばやく尻をむけた逆四つ足歩きでついて来なければならない。私が突然ぷぅに目を向けた時、いつでもぷぅの尻の穴がまっすぐ私の目にはいる角度になっているよう、私の視線を考えて高くかかげた尻を向けて付き従うのだ。
尻には目がないのだから後ろ向きのまま尻面犬のポーズでしたがうには、全身を神経にして私の動きの先を読み取り、機敏に動かなければならない。私が目を向けたとき動きが遅れて尻穴や陰部が見えにくければ、勿論私がいつも携帯している竹杖で尻を打ち据える。ちょうどきっかけが知れない「ダルマサンが転んだ」を後ろ向きでやっているようなものだ。
時にはそのまま散歩に連れ出す。ラビアピアスにつないだ細い鎖を、ちょうど犬のリードのように引いて村道を後ろ向きに歩かせるのだ。
股間からのびる鎖を引かれているので勘だけで尻の向きをおしはかるよりもかえって楽なようだが、さすがにこの滑稽な姿を他人に見られるのはつらかったようだ。道で村人に出会うと反射的に無様ながに股で上下に尻を振り立て挨拶をさせる。その時口で「わんわん」と啼くかわりに、膣内の空気を放出させてぶぃぶぃという滑稽な音をたてさせる。この音が尻面犬の鳴き声なのだ。尻面犬調教は心身ともにとても過酷だ。元に戻れと命じられてやっと振り向いたぷぅは、いつも顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっていていた。
梅雨の晴れ間、庭を見ていたら盛りの紫陽花の群れの横に小さな空きがあるのに気づいた。思いついてぷぅを呼び、スコップで深い縦穴を掘らせた。もちろんぷぅを生き埋めにする為だ。掘り終わったぷぅを後ろ手に縛り穴に入らせる。しゃがませるとちょうど地面から首だけを出している深さだった。掘り出した土で肩まで埋めもどす。紫陽花の群れの中にカッパ頭の生首が生えている不思議な光景になった。
縁側に寝そべり花と生首がならんだ様を眺める。見ているだけではつまらないので歌をうたわせた。全身を土で圧迫されているので呼吸が苦しそうだ。あえぎあえぎか細い声で古い唱歌などをうたう。息継ぎの為に声がとだえると、小石や泥団子などを顔めがけてぶつけた。
そのとき玄関から隣家の友人が訪ねてきた声が聞こえたので、そばにあった庭作業用の古バケツをぷぅの頭に被せた。バケツが大きいので頭はすっぽりと隠れ、花畑の隅にバケツを伏せて置いてあるようにしか見えない。縁台にあった盆栽の鉢を伏せたバケツの底に乗せ、そのまま歌い続けるよう命じた。
収穫したばかりの枇杷の実を盛った籠を手に、友人が直接庭にまわって来た。縁側に招きあげ、お茶をすすめた。友人は花壇から聞こえるくぐもった歌声を気にして、しきりに伸び上がっては紫陽花の花影をのぞいている。私は知らぬ顔をして世間話を続けた。やがて歌声は切なげに途絶えがちになってきた。そろそろ限界らしい。
私は友人をさそって庭に降り、バケツを持ち上げて種明かしをした。ぷぅの顔は土気色になり、見上げる視線も弱々しい。驚く友人と共に彼女を掘りおこし、穴から引きずりだす。庭に泥だらけでへたり込み肩であえいでいるぷぅに、ホースから直接水をかけて洗い流した。
濡れた洗い物は物干し竿で干さなければならない。我が家の物干しは庭に立てた2本の丸木の間に、竹の物干し竿を掛け渡した昔ながらの形をしている。カッパ頭の毛先からポタポタと水を滴らす汚便女ぷぅをその下に連れて行った。竿から平行に垂らした2本の凧糸の先に両乳首を結び、やっとつま先立ちできる高さで吊り上げた。二の腕の部分を体に縛り、肘から先の両腕はわざとに自由にする。
私と友人は縁側に腰掛け、枇杷をたべながら奇妙な干し物を鑑賞することにした。夕べの風が心地よい。
「鶏になって踊れ」と命じる。ぷぅは乳首を吊られたまま、わずかに自由になる腕先だけを羽をむしられた鶏のように羽ばたかせ、つま先で小刻みな足踏みをしながら必死に踊ろうとする。踊りながら「コケコッコー、コケコッコー」と悲しげに叫ぶ細い裸身が痛々しい。紫陽花には「乳吊り女」のパタパタ牝鶏踊りがよく似合う。乳吊り牝鶏の滑稽な踊りは濡れた体が夕風で乾ききるまで続けられた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
汚便女ぷぅを家畜市場の競りにかける日が来た。一週間前から彼女への折檻はやめているので、鞭の傷跡や痣はだいぶ目立たなくなっている。彼女は私が理想とする完璧な家畜奴隷になれたと思う。今日まで過酷な調教に耐え、健気に私につくしてきた。しかしこれから誰に買われていくのかもわからない運命への怯えや不安はいかばかりだろう。
競り市が始まるまで家畜奴隷たちは、競り場の前に並んだ「晒し柱」に繋がれて展示されている。今回出品される牝畜は9匹だった。髪を美しく結い上げたり、くりくり坊主に剃られたりした全裸の女たちが、よい飼い主にすこしでも高く買われようと胸乳や尻を突き出して悲しい媚びを振りまいている。
観光客や村の冷やか連は晒し柱の間をぬって気軽に眺めて歩くが、これから女畜を手に入れたい村人や仲買人たちは、1匹づつ乳房や尻肉をつかんで体のはりを確かめたり、指を挿入して陰部や肛門の締まり具合を丹念に調べていく。
汚便女のぷぅはカッパ頭の皿を青々と剃り上げた顔をあげ、無様なガニ股ちんちんのポーズで立っていた。
「なるほど、よく仕込まれているとみえて、いかにも牝畜らしい仕草が身に付いている」
「しかし初出品にしてはすこしとうがたっていないかね」
「犬屋で仕込み直しをされたそうだが、あの変態オヤジの変な癖はついていないかな?」晒し柱には汚便女ぷぅの肉体的データーと経歴を書き出した高札が掲げられている。
「ほう。自分のサイトを持っているのだね?」
「身長156cm。体重43kg。乳まわり83cm。胴まわり60cm。尻86cm」
「こんなに貧弱では農耕用には使えないな。わしはもっと乳と尻が大きい女牛がいい。他を見てこよう」
「あんたはデブ専だからな〜。この汚便女は顔も体もかわいいからペット犬にしても充分売れるね」
「犬屋コンテストでは3回も優勝しているのそうだ」
「しかしあそこのコンテストはオバカ度を競うのだから、優秀な家畜の証明にはならんな〜」競りの始まり10分前を告げるブザーが鳴ると、女畜たちは競り場の控え檻に移される。
いよいよ競りの開始だ。順番がくると一頭づつハンドラーに引き出され、リードを引かれてゆっくりとパドックをまわる。
周囲からあがる買値を、世話人が調子良くせり上げていく。
鈍重そうな農耕用女牛畜は農園を経営する村人に。尻の筋肉が発達した俊敏な乗馬女畜と、豊かな乳房をほこらしげに揺らす乳母用乳牛女畜は観光牧場の主催者に。お下げ髪にリボンを結んだ小柄でキュートな愛玩用子犬は一人暮らしの老人に。腹回りの肥肉を持て余している女豚畜は仲買人に。髪を結い上げ白い餅肌がまぶしい性処理専用の娼畜も別の仲買人がせりおとした。
晴れ舞台の雰囲気に緊張して立ちすくみ、おもわず小便を粗相をしてしまった女犬は一斉にブーイングを浴び、調教不足の駄目犬として鞭で追われつつ退場させらて行った。すぐに裏の控え小屋から面子をつぶされた出品者が腹立ちまぎれに打つ鞭の音と、女犬の悲鳴が聞こえてきた。彼女はまた1から再調教をうけるか、闘犬業者に安く売られて闘犬訓練用の「噛ませ犬」にされるのだろう。
ついに汚便女ぷぅの出番がきた。競り人の紹介も一段とさえわたる。
「さぁ。皆様ながらくお待たせいたしました。本日最後の目玉女畜は伝説の女犬、加代あらため汚便女ぷぅでございます。加代と呼ばれていた時代にはSMサイト家畜奴隷写真館でおなじみの方も多いでしょう。もちろんキャリアと調教度は申すまでもありませんが、この度、わけあってめいぬ村で再調教を受け、ついに本日ここに汚便女として初お目見えをいたした次第です。1ヶ月間、犬屋の室井和尚によって特に家畜としての精神性をみっちりとしこまれてまいりました。全身からにじむ惨めさ、痛々しいまでの卑屈さ、愚鈍な目の色、これこそ真の最下層女家畜の姿と言えるでしょう。加代時代の幸福そうな笑顔をご存じの皆様、これが生まれ変わった卑しい汚便女ぷぅの姿です。まず始まりは5万円からまいります。どうぞお声をおかけください」
ハンドラーにリードをひかれ、ぷぅは四つ足でゆっくりとパドックを歩く。時々立ち止まると観客におしりを向け、無様ながに股で上下に振る。そうして膣から空気を放出させ、切なげに下品で哀しい音をもらす。汚便女の情けない姿はたちまち人々の心を鷲づかみにした。
「7万!」
「10万!」
「12万」
「15万」
「20万!」
競りは一気に熱をおび、買値もうなぎのぼりに上がっていく。
「20万。20万。後はないか?23万でないか?」
「25万!」「30万!」
「はい。30万出た。30万。30万」
「50万!」握った札束を振りかざし、目の色を変えた小太りの博労が50万の値をつけてた時、場内の喧噪は水を打ったように静まった。
高くともせいぜい3〜40万円が相場のめいぬ村家畜市では、近年にない高値だ。もうこれ以上の値はでないだろう。
競り落としを確信した博労が笑いながら前に出てきた。しかし私が待っていた男はこの博労ではない。競り人のハンマーが振り下ろされようした瞬間、人垣の後ろから鋭い声がかかった。
「100万!」
満場息をのみ、次に振り返ってざわつく人々の間を割って、ついに私が待っていたいた男が現れた。ぷぅの元飼い主hiroマスターだ。
ぷぅの目は張り裂けんばかりに見開かれ、4つ足立ちのまま凍り付いている。「100万!これ以上の値は出ないでしょうから100万で決定しました。」
競り人のハンマーが音高く振り下ろされた。50万で落とし損ねた博労が残念そうに場所をゆずった。
最前列に立ったhiroマスターは100万円の札束を競り台に差し出して言った。
「皆さん。ぷぅに高値をつけてくれてありがとう。元飼い主のHiroです。自分の飼い犬を競り市に出品してもらい、又自分でお金を払って競り落とした私を、さぞ酔狂だとお思いの方も多いでしょう。しかしこれが私たちにはどうしても必要だったのです。マンネリズムと甘えが生じ始めた奴隷を、本来の哀れな奴隷にする為には彼女に何も知らせぬまま1度完全に手放して、違う環境の中で赤の他人に1から調教しなおしてもらうしか方法がありません。幸いこのめいぬ村に室井氏という暇人がいて、私の話に乗ってくれました。ぷぅもよくここまで頑張ってくれたと思います。今日のぷぅの姿を見て、私の考えはまちがっていなかったと確信しました。100万円は加代を本当の家畜奴隷、汚便女ぷぅとしてよみがえらせるための留学資金と思えばやすいものです。皆さん、めいぬ村と家畜市のシステムを私たちの為に勝手に利用させていただき大変申し訳ありませんでした。これからは主従ともども、このすばらしいめいぬ村の為にご協力させていただきますのでどうぞ今回の行為をお許しください」
ぷぅはがに股四つ足をがくがくと震わせ、それでも必死に立っている。近づいて行ったHiro氏がハンドラーからリードを受け取ると、ぷぅはこられきれず「わっ」と叫んで彼の胸に跳び込み、初めて大きな泣き声をあげた。2人はしばらく抱き合って動かない。やがて泣きじゃくるぷぅの細い肩を抱いてHiro氏は会場を後にする。
人垣が割れて2人を祝福する通り道ができた。パドックからHiro氏のワゴン車が止まっている駐車場まで、歩く2人を全員の暖かい拍手が見送った。
これで私の役目はすべて終わった。もう家に帰っても1ヶ月間共に過ごした汚便女ぷぅはいないのだ。また私の寂しい夜が繰り返されるのだろう。
調教料も入ったことだし、今夜はひさしぶりに三日月亭で葉子チーママを相手に地酒の犬正宗を飲もう。