女犬のいる国

 

「第一章 千絵子の場合」

 

ブルーアリス

 

(1)子供の頃の思い出

 

 

 

千絵子が最初に女犬になりたいと思ったのは、まだ就学前の年齢の頃でした。道をご主人に引かれ、開いたお口からよだれを垂らしながら四つん這いで歩いている女犬を、幼稚園のお友だちと追っかけて公園まで付いて行ったのです。よだれでベトベトの馬鹿面を隠そうともせず、丸はだかの格好で、ご主人の指示通りに動く忠誠心の強い女犬と、この女犬が可愛くて仕方無いという優しいご主人でした。

 

何回か公園で一緒に遊び、いろんな芸を見せてもらってるうちに、すっかり仲良しになりました。なんでもこの女犬は元々ご主人の奥さんだったそうなのです。人間同士の夫婦だった頃は喧嘩が絶えませんでしたが、彼女が女犬になったとたん、とても良い関係になったそうです。

 

千絵子はそのお話を聞いて、とてもいい話だなと思いました

 

女犬の頭を撫でながら、一緒のお友達と色んなお話をしました。

 

「僕もこんな女犬が欲しいなあ。ママ、買ってくれないかなあ」

 

「私も欲しい。でもマンションだから飼えないのよって、いつも言われるんだ」

 

「千絵子ちゃんちは一軒家でお庭もあるんだから、飼ってもらえるんじゃないの?」

 

「千絵子のうちは、パパもママも動物飼うの嫌いなんだ。飼ってもらえたらうんと可愛がるのにな」

 

 

でもその時、千絵子は心の中で全然別のことを考えていたのです。本当は「女犬を飼いたい」んじゃなくて「女犬になりたい」と思っていたのです。

 

「私もこんな可愛い女犬になって、優しいご主人さまに可愛がられたいな。芸がうまくできたら頭をたくさん撫でてもらうんだ」でもそんな恥ずかしいことは誰にも言えません。黙って女犬のお尻を撫でながら、一人で空想します。

 

 

「私が女犬になったら、お父さんとお母さんは動物嫌いだから、飼ってはもらえないだろうな。どこかに私を可愛がってくれる優しいご主人さまはいるのかな? 大きくなるまでに見つかるといいな」

 

千絵子の女犬への憧れはこの頃から始まったようです。

 

 

小学校に入ってからは、可愛い女犬の写真集を集めたり、町内会主催の女犬とのピクニックに参加したり、ボランティアで女犬の世話をしたりと、彼女たちの姿を身近に見ながら、将来の自分を投影して楽しんでいました。ご両親は、動物を可愛がるのは子供なら当然と、千絵子の女犬好きを、単なるペット好きと理解していたみたいです。

 

 

(2)向かいの家のリリー号

 

 

中学生になっても、女犬への憧憬はふくらむばかりです。

 

その頃、お向かいのお家で若い女犬を飼い始めました。ご主人は手広く事業をされているやり手のビジネスマンで、家もお庭も千絵子の家の三倍はあります。家族は三十代の優しそうな奥さんと小学生の子供二人。

 

 

この若い女犬は、元々は奥さんの姪っ子なのだそうです。地方に住む弟の娘で、お嬢さま育ちの明るく元気で健康的な女学生でした。ある日、学校の身体検査で生えかかってる尻尾を発見されて「女犬」と診断され、その日のうちに施設へ収容されました。「女犬」と診断された者は施設で投薬され、女犬への変化促進処置が取られるのです。そして一生を犬として扱われます。

 

 

一ヵ月後、施設を退院した彼女は、田舎のことでもあり世間体が悪いとの判断がなされ、実家では引き取ってもらえませんでした。そこで彼女の伯母が嫁いでいるこちらの家で飼われることになったのです。彼女は伯母さまとは、子供の頃からの仲良しで、すいぶん可愛がってもらっていました。

 

 

女犬が最初に連れて来られた日、千絵子は集まってきた近所の野次馬の人たちに混じって、庭の柵越しからずっと見ていました。トラックの檻で運ばれて来た女犬は、庭に放されると、家族や野次馬の見ている目の前で、着ていた施設の入院着をご主人に脱がされました。

 

 

「おじさま、やめてください」と泣いて許しを乞いますが、もちろん聞いてはもらえません。近所で優しいと評判の伯母さまも、心配そうな顔をして見ているだけです。ご主人は女犬をはだかにすると、お前は今日から我が家の飼い犬になり、犬としての生活を始めるのだと宣告しました。宣告をされた瞬間、女犬は火の付いたように泣き出します。ご主人はそんな女犬に構わず、首輪を嵌めると四つん這いに這わせました。

 

 

その後、女犬はしばらくリードで引っ張り回されて、四つ足で歩く練習をさせられました。夜になると、真新しい小さな犬小屋を示されて、これがお前のハウスだと言われました。トイレ代わりの、砂を敷いたトレイも脇に置いてあります。早く番犬の役目も果たせるようになってねとおばさんに言われ、女犬は泣いてイヤイヤを繰り返します。しかしお尻を叩かれると急に素直になり、大人しく犬小屋に入りました。

 

その夜は遅くまで、彼女のすすり鳴きが聞こえてきました。

 

 

彼女の人間だった頃の名前は「遠藤えりこ」でしたが、こちらにやってくるとすぐに「リリー号」という名前が付けられました。犬小屋には大きな文字で、「リリーハウス」と描かれています。名付け親は伯母さまです。さすがに小さい頃から知ってるだけあって、彼女の雰囲気にピッタリの名前です。えりこちゃんは小柄で華奢な身体をしており、人間だった頃はさぞかし男の子に人気があったろうと容易に想像できる、可愛いらしい容姿です。背の低い可愛らしい幼児体型、子供っぽさが残る幼な顔と活発そうなショートヘア、そして意思の強そうな眼と眉が印象的でした。

 

 

千絵子はえりこちゃんを、いつも庭の柵越しから観察していました。えりこちゃんはこちらに移された後も、人間だった頃の自分への未練が絶てず、家の人たちの言うことを少しも聞かないで我がままばかり言ってました。

 

 

「いやいやぁ、私は普通の人間なの。女犬じゃないのよ」

 

「リリー号なんて知らないわ。私の名前は遠藤えりこよ」

 

「ホースでお水をかけるのはヤメて。お風呂に入らせて」

 

「犬小屋に入れるのはヤメて。ご飯はテーブルで食べさせて。お洋服を着せて。二本足で歩かせて。あ、お尻を叩くのはイヤです。お願い、許して」

 

 

などといつも大きな声を出して暴れ、その度におじさまからお仕置きを受けていたのです。お仕置きをされた時だけは大人しくなれるのですが、しばらくするとすぐにまた「私は人間よ」と騒ぎ出します。本当に我がまま一杯に育てられたお嬢さまだったようです。

 

 

あまり大きな声で騒ぎ過ぎて、お巡りさんが注意しに来たこともあります。

 

「近所から苦情が出ているので、あまり鳴かさないように」

 

ご主人が丁重に謝ると、気の良さそうなお巡りさんは庭に出て、えりこちゃんの頭をポンポンと叩き、可愛いね、と誉めました。するとえりこちゃんはお巡りさんを味方だと思ったのでしょう。

 

「お巡りさん、お願いです。私をここから助けてください。おうちに帰してください」

 

と大きな声を出してしがみつこうとしました。

 

 

しかしえりこちゃんは犬小屋の脇の杭に、首輪の鎖で繋がれているのです。お巡りさんがヒョイと飛びのくと、えりこちゃんはガクンと鎖に引き戻されます。お巡りさんによけられたショックで泣きそうになりますが、それでもなんとか助けてもらおうと、四つ足をジタバタさせて大暴れを始めます。でも、太い鎖と丈夫な杭は、華奢なえりこちゃんではどうにもなりません。やがて力尽き、大人しくなるしかないのです。

 

 

お巡りさんは、

 

「ご主人たちの言うことを良く聞いて、早く犬の生活に慣れなさい」

 

と言い聞かせると、自転車で交番に帰ってしまいました。

 

 

「リリー、お前はしょうがないやつだな。静かにさせて欲しいとお巡りさんにお説教された矢先に、あんな騒ぎを起こすなんて。これでは飼い主としての私の面目は丸つぶれだ」

 

「そうよ、リリー。お前の飼い主である私たちの立場も考えてね。だいたいお巡りさんが、お前を逃がしてくれる訳がないじゃありませんか」

 

二人はそう言ってえりこちゃんを叱ると、懲らしめのお尻叩きを始めます。

 

 

 

(3)伯母さまの畜化教育

 

 

それ以来、えりこちゃんにお仕置きが必要な時は、ご主人が手ぬぐいで猿轡を噛まし、騒げないようにしてからお尻叩きをしていました。千絵子はそのお仕置きの光景を、庭の柵越しに何度も目撃しています。真っ赤に泣き腫らした眼で、道行く人に無言の助けを求める可哀想なえりこちゃん。でも悪いことをした犬がお仕置きを受けるのは当然のことなので、誰も助けてはくれません。

 

お仕置きはご主人の役目でしたが、言い聞かせは伯母さまの役目でした。理屈を言って、我が身への不当な仕打ちを訴えるえりこちゃんに、よく伯母さまが言い聞かせをしていました。伯母さまはとっても優しい目をした、穏やかな性格の人です。こんな優しい人に飼われたら、私なら大喜びするのになと、時々千絵子はえりこちゃんに嫉妬していました。

 

私は犬じゃない、人間だとえりこちゃんが主張し始める度に、犬小屋の脇の杭にえりこちゃんを繋いで座らせ、自分もしゃがみ込んで目線を合わせ、根気強く諭していました。人間だった頃の名前で言い聞かせると、効果があるのだそうです。

 

「えりこちゃん、もうあなたは人間じゃなくなったのよ。メス犬のリリーになったの。自分の姿をよく見てご覧なさい。丸はだかでお庭に鎖で繋がれて、エサの残飯を私たち人間からいただいてる毎日でしょ。ご近所の人たちも毎日柵越しに見てますから、みなさんお前が犬であることは知っています」

 

えりこちゃんはこういう時いつも、伯母さまのお顔を真っ直ぐ見ながら、挑戦するような態度で聞いていました。彼女の意思の強そうな眼を見れば、犬になることを断固拒否していることが解ります。その強い意思をなんとか屈服させようと、伯母さまは来る日も来る日も粘り強く言い聞かせを続けます。

 

「違うわ、違うわ。そんなことありません」

 

“えりこちゃんは犬なのよ”と決めつけられた屈辱感で、お顔を真っ赤にしながら抗議を続けるリリーに、伯母さまは一つひとつ説明して納得させようとします。

 

「何が違うの? えりこちゃんはもうすっかり犬と同じ生活をしてるじゃないの。お庭を散歩する時は必ずリードを私か主人に引いてもらって、四つ足で這って歩いてるわよね。最初はヨチヨチ歩きだったけど、今は楽に一時間くらい歩けるようになったわ。走ることもできるでしょ。人間ならそんなに長い時間、四つ足で歩いたり、走ったり出来ません」

 

「えりこちゃんが毎日食べてるエサは、私たち家族の残飯なのよ。前日の残飯を混ぜこぜにしてお皿に盛ってあげると、上手にお口だけで食べてるよね。人間なら残飯なんて食べられないし、口食いもできないわ」

 

「排泄はえりこちゃん専用のトレイでしてるわよね。最初の頃は環境が変わったせいか、うまくウンチが出せなくて便秘気味だったけど、今はスムーズなお通じの毎日です。オシッコもトレイからこぼさずに出来るようになったわ。ずい分慣れたでしょ。人間ならお外でのウンチやオシッコに慣れる人なんかいないのよ。それに排泄が終わった後は、子供たちに後始末をしてもらってるじゃないの。人間なら終わった後の後始末は自分でするわ」

 

「一日中はだかでお庭にいたら、人間ならすぐに風邪を引きます。でもえりこちゃんは初めてこのお庭に連れて来られた日に、おじさまにはだかにされてからずいぶん経つけど、毎日元気よねぇ」

 

一つひとつの証拠立てに、えりこちゃんも負けじと反論します。

 

「それは全部お薬のせいです。四つ足歩きが出来るのも、残り物が食べられるのも、お外で・・・排泄できるのも、はだかでも寒くなくて風邪を引かないのも、みんな施設で注射されたお薬のせいなんです。両手の指は麻痺して動かないし、これじゃ排泄の後始末も出来ません。ゴハンだって、口食いするしかありません」

 

「それは違うわ。施設でされるお薬は、女犬への変化を補助してるだけよ。その証拠に、お薬を使う前にえりこちゃんは尻尾を発見されたじゃないの」

 

「尻尾だなんて。あれは何かの間違いです。」

 

「現実が見えてないようね。可哀想だけど尻尾が見つかった以上、えりこちゃんは間違いなく女犬なの。だからお薬を使われて、拒否反応を抑え、安全確実に女犬へと変化するようにされたのよ」

 

「嘘よ、嘘だわ。確かにお尻の真中に、しこりみたいのはあったけど・・」

 

「何言ってんの。それが尻尾なんじゃないの。のんきな仔ね。自分で確認までしておいて、尻尾は生えてませんって言い張るなんて」

 

伯母さまはうなだれるえりこちゃんにたたみかけます。

 

「いいこと? お前が犬になったことは世間さまも認めていらっしゃいます。なのに肝心のお前自身が自分のことを犬と思っていないなんておかしいわ。田舎で両親に甘えて、我がまま一杯に暮らしていたのは、人間だったから許されていたのよ。もう犬になったのだから、昔のような生活には戻れません。昔のことは早く忘れて、犬としてのこれからのことを考えなくちゃいけないわ」

 

「伯母さま、もうヤメて。それにお前とかリリーとか言うのもヤメてください」

 

「あらあら、いつまで私のことを “我がままをきいてくれる優しい伯母さま” だと思っているのかしら? そりゃ、子供の頃はどんな我がままでも聞いてあげました。でも今はもう、私はあなたの“伯母さま”じゃないでしょ。私はお前の“飼い主”になったの。そこの所を理解しないで、いつまでもあの頃と同じ “優しい伯母さま” だと勘違いしているのは、あなたの為にも良くないわ」 

 

「そんな、ひどいです。あんなに優しくしてくれたのに」

 

「今だって優しくしてますよ。でも、えりこちゃんが犬になることを決心してくれれば、我が家の大切な飼い犬として、もっともっと優しく大事に可愛がってあげます。逆に、いつまでもそうやって犬になることを嫌がっているなら、私たちにも限界があるわ」

 

「それはどういうことですか?」

 

「どうしても犬になりますと言えないなら、私たちはお前を捨てることになります。お前は犬なのだから、いつ捨てられても文句は言えないの。そうしたらえりこちゃんはノラ犬になるしかありません。知らない町でゴミ箱を漁ったり、物乞いをして生きていくのよ。子供に石を投げられても、誰もかばってくれません。新しい飼い主に拾われることもあるかもしれないけれど、それがどんな人かなんて、拾われてからじゃないと解らないのよ。近頃は、捨て犬にヘンなイタズラや虐待をする人も多いんだから」

 

「そんな伯母さま、ひど過ぎます」

 

「ひどくなんかないわ。言うことを聞かない犬が捨てられるのは当然です。保健所に連れて行ってもいいのよ」

 

気丈なえりこちゃんも、ここに至ってついに泣き始めます。伯母さまはにっこり笑って、涙のにじんだえりこちゃんのまぶたを指で拭いて抱きしめてあげます。

 

「いい? 尻尾を見つけられて、お薬で犬への変化促進処置をされちゃったえりこちゃんは、もうリリー号として、ここで生きていくしかないの。この国では一旦女犬になった者を、決して元の人間に戻してはくれないわ。素直な犬になるのなら、私たちは決してお前を捨てたりせず、大事なペットとして可愛がってあげます。犬の自覚を持てない女犬ほどみじめな動物はありません。だから飼い主である私たちの役目は、なるべく早くお前に犬の自覚を持たせてあげることなの。それが結局一番、えりこちゃんの為になるのよ。私たちの気持ちを解ってちょうだい」

 

えりこちゃんは濡れた眼をそっとつぶって、ポロポロと涙をこぼします。眼から意思の強さも消えかかります。自分の運命には選択肢が無いことを諭され、受けいれないなら捨てると言われ、すっかりくじけてしまいました。

 

 

「お願いです。私を捨てたりしないで。保健所に連れて行ったりしないで」

 

「よしよし、それじゃ頑張って早く可愛いワンちゃんになりましょうね。犬になるためには、まず「自分は犬だ」という自覚がなくちゃ始まらないわ。えりこちゃんには今の所、それが全然ないんだから」

 

 

「犬の自覚なんて、あるわけありません」

 

「それはえりこちゃんの意思と努力しだいよ。頑張れば一ヶ月くらいで、犬の自覚は芽生えてくるわ」

 

「そんな、無理です。私は人間です」

 

 

「でも、“捨てたりしないで”ってたった今、私にお願いしたばかりじゃない。捨てられたら困ることを知ってるんでしょ? それは自分が人間でないことを認めたことにならないかしら?」

 

「あ・・」

 

「少しずつ解ってきたようね。良い傾向だわ。時間はいくらでもあるのだから根気よくいきましょう」

 

そういって、声を出して笑う伯母さまです。

 

 

えりこちゃんの頑張りも、伯母さまの粘り強い言い聞かせと、ご主人の厳しいお仕置きが二ヶ月、三ヶ月と続くにつれて、だんだんあやしくなってきます。四ヶ月目にはほとんど抵抗を示さなくなりました。そして五ヶ月目。最初に身体の変化に気がついたのは子供たちでした。排泄を済ませたえりこちゃんの股間を拭いて世話をしていた子供が、声をあげたのです。

 

 

「ママ、ママ。リリーに尻尾が生えてるよ」

 

「あら、本当だ。リリー、おめでとう」

 

尻尾が目に見える長さまで成長して来たのです。尾てい骨のあたりにそれは三センチほどの長さでした。まだ振ることもできませんが、やがて二十〜三十センチくらいの長さにまで成長するのです。

 

 

これが決定打となって、えりこちゃんは反抗する気力を失いました。

 

伯母さまはとても嬉しそうです。その日の晩のエサは特別に、えりこちゃんの為に炊いた白いごはんで、カレーライスを出してもらいました。尻尾が生えてきたお祝いです。えりこちゃんはしくしくと泣きながら、エサの盛られたボールに首を突っ込み、顔中をカレーソースだらけにして、久しぶりの人間の食べ物をいただきました。

 

 

尻尾が生えてきたことがきっかけとなり、ついにえりこちゃんは観念しました。

 

庭で飼われだしてから半年目、ついに決心をして、伯母さまに肩を抱かれて励まされながら、家族やご近所の人たちの前でこう誓ったのです。

 

 

「私は“遠藤えりこ”の名前を捨てて、メス犬のリリー号になります。早く犬になれるように努力しますから、どうか皆さんで応援してください。そしてこれまで以上に可愛がってください。これからは素直な可愛いメス犬になりますから、これまでのことはどうか許してください。今まで強情を張ってごめんなさい」

 

 

 

(4)しつけと芸を仕込まれて

 

 

 

半年の努力が実ったのですから、ご主人と伯母さまの喜び様は大変なものでした。犬になろうという意思さえ持たせれば、後は時間の問題です。犬の自覚を植え付け、犬の所作、しつけや芸を教えようと、伯母さまは張り切りました。ご主人はお仕事が忙しいので、訓練はすべて伯母さまに任されました。

 

 

「リリー!」と名前を呼ばれたら、顔をこちらに向けて「ワン」と返事をするようになりました。別に人間の言葉で返事させてもいいのですが、「ワン」のほうが犬らしいし可愛いですよね。そんなに嫌がらずに返事をするようになりましたから、リリーも結構、この名前は気に入ってるようです。

 

伯母さまの訓練は厳しかったですが、だんだんと犬の自覚が芽生え始めたリリーは、熱心にトレーニングに励みました。

 

 

「リリー! ここに来てお行儀よくおすわりなさい。お手はどうしたの?」

 

 

「おあずけ! まだ食べちゃダメよ。私の命令があるまでは、1時間でも2時間でもその姿勢で待っているの。お前は自分の勝手な判断で、物を食べることは許されないし、命令が解かれるまで動くことも出来ないのよ」

 

 

「今日はオシッコの練習をします。右の後足を上げてそこでしなさい。まだよ、私が合図をするまで我慢するのよ。よし、しなさい! リリーはメス犬だけど、やっぱり犬が排泄する時は片足を上げたほうが可愛いから、ウンチもオシッコもこの格好でするのよ。太ももを汚さないでできるようになるまで練習しますからね」

 

 

「おまわり! 昨日は一回りだけだったけど、クルクル何回でも回れるようになるまで訓練します。今日は五回転できるまで、夜のエサはおあずけよ」

 

 

「チンチンしてごらんなさい。後足の裏同士をくっつけるようにするの。そうすれば自然に足が開いて、可愛いオマンコがよく見えるわ。まあこの仔はチンチンがへたくそね。もっと背中を伸ばしてバランスよくなさい。チンチンはとても愛嬌のある芸だから、とても重要なのよ。上手にできる仔はご褒美もたくさんもらえます。グラつかないで可愛いチンチンができるまで頑張りましょう」

 

 

「降参のポーズを教えてあげるわ。仰向けに寝て、後足は立膝。180度に開脚して、オマンコと肛門を丸出しにします。前足は指をパーに開いて頭の上にバンザイよ。そうそう、それでいいわ。あらあら、お顔が真っ赤になっちゃった(笑)。このポーズは特別なポーズなのよ。身体の急所のおっぱいや性器をさらして、服従を誓うことを表してるの。飼い主以外の人に示してもいいけど、頻繁にすると節操の無い仔って思われるから注意しなさい。誰かに攻撃やいじめをされた時、相手の機嫌を取るのに使ってもいいわ。あと、女犬同士で喧嘩して負けた時も、このポーズで降参すればそれ以上攻撃されません。それと、もう少し大人になって男の人に種付けされる時、このポーズを取らされることもあります」

 

 

「さあ、この棒を放るから口に咥えて取っていらっしゃい。早くできるようになったら、女犬コンテストの棒投げ大会に一緒に出ましょうね。あら早い早い。リリーは棒投げが上手だわ。いつかフリスビーにも挑戦しましょう」

 

 

「リリー、歩いてごらん。もっとお尻を高く上げなさい。お前は膝小僧が地面に付いても構わないって思ってるから、いつも足が泥だらけの傷だらけなのよ。歩く時にはお尻を思い切り高く上げて、絶対に膝を地面にくっつけない心積もりでいなさい。それと前足と後足をもっと左右に開いて。お前は一人で歩くことはめったにないの。必ず誰かにリードを引かれて歩くのよ。急にリードを引っ張られても、ひっくり返ったりせずに歩くには、もっと足を開かないと安定が悪くて危ないわ。え? 性器が丸見えになるのが恥ずかしいですって? ダメよそんな人間みたいなコトを言っては。どこの世界に、性器を見せて歩くのを恥ずかしがる犬がいるというのよ(笑)。我がままを言わず、言われた通りにしなさい。そうそう、その調子よ。もっと前足と後足をリズムに乗せる感じで動かして。よしいいわよ。次は早足をしてごらん。それ!」

 

 

「家に来るお客さまにお前が愛嬌を振りまくのは、とても大切なことです。お客さまの前でお前がすることは、常に飼い主である私たちへの評価に繋がっていることを忘れないでね。大切なお客さまが来た時には、特に満面の笑顔を作って迎えること。そら、笑ってごらん。そうじゃないわ。それじゃただニッコリしてるだけじゃない。お客さまを歓迎してることを表すんだから、嬉しくて嬉しくてしょうがないって感じで笑わなきゃ。やってごらん。そうそう、いいわね。リリーは元々明るい娘だったから、笑顔を作るのは上手ね。とても可愛い笑顔よ。あと、お客さまの足元にじゃれつくのも有効よ。やってみなさい。そうそう上手よ」

 

 

「私は意地汚い仔は大嫌いです。家にいらしたお客さまがお前におやつをくれても、私たちの許可無しには絶対に食べてはいけません。それと今はさせませんが、将来はお前も外にお散歩しに出るようになります。もし道ばたを歩いている時に食べられる物が落ちていても、決して口にはしないこと。腐っていたらたいへんですからね。人間の子供は動物好きだから、お前に食べ物を与えようとすることもあります。でもリードを持ってる人の命令がない限り、絶対に口にしてはいけません。お仕置きをされてエサ抜きの時なんか、特に注意しなさい。いくらお腹が減っていても、拾い食いや貰い食いをしたら、お仕置きとして三日間、家の中に入れません。どこかでゴミ箱をあさって、道ばたで寝ることになるからね」

 

 

「人間にお願いがある時や、甘えたい時には舌をいっぱいに出して、その人の靴や足の甲をお舐めなさい。ただし、あまり頻繁にしてると効き目が無くなるから、ここぞという時に一生懸命舐めてごらんなさい。舌を精一杯に伸ばして舐めるのがコツよ。これで大抵のおねだりなら、聞いてもらえるわ」

 

 

「オナニーをしたくなった時は勝手にしてはダメよ。女犬は人間より性欲が強いし、お前は思春期でもあるから、我慢できない夜もあるでしょうけど、なにしろリリーはお庭で這って生活しているのだから、前足はいつも汚れているわ。そんな雑菌だらけの前足でオナニーをしたら、悪い病気にかかってしまいます。もし勝手にオナニーしている所を見つけたら、お尻を百叩きして、エサを丸一日抜きますからね。どうしても我慢できない時は、私の靴を舐めておねだりしなさい。前足を洗ってあげますからね。指が不自由でやりにくいなら、お道具を買ってあげましょう」

 

 

リリーは最初の頃こそ、おっかなびっくりの毎日でしたが、伯母さまに「今日もよく出来たわよ」「いつも一生懸命で偉いわね」「段々犬らしい顔つきになってきたわ」と励まされ続け、その効果でしょうか、日が経つにつれて芸を覚える姿勢に積極性が出てきました。可愛らしい小さな身体を健気に精一杯動かして、一生懸命いろんな芸を覚えていきます。

 

 

だんだん高度な訓練をするようになって、難しい命令をしくじったり、恥ずかしい命令が聞けなかったりすると、硬軟取り混ぜたさまざまな手管で調教されます。ムチやエサ抜きのお仕置きをされたり、優しく諭されたり、抱かれて全身を愛撫されたり、ご褒美をもらったり。

 

 

芸がうまく出来ると、いろんなご褒美がもらえます。通常のご褒美では豆菓子やゴマ煎餅のクズを与えますが、リリーは小さい頃から甘い物が大好きだったので、アイスキャンディーやマシュマロなどをご褒美にするのは、難しい芸を練習させるのに役立ちました。苦労して芸を覚え、大好物のお饅頭を食べさせてもらって、泣き出したこともあるくらいです。

 

 

実親の話によると実家では、甘いお菓子は好きなだけ食べさせていたそうで、ストックが切れるとすぐ不機嫌になって母親を困らせていました。昔は食べ放題だった甘いお菓子も、このお庭では「チンチン」や「おまわり」や「排泄」が上手に出来ないと食べさせてもらえません。甘い物を口に含んで涙ぐんだのは、昔の我がまま放題のお嬢さまだった頃を、思い出していたからかもしれませんね。

 

 

畜化の良好な進行状況に、伯母さまの目も細くなりがちです。そして一年が過ぎた頃、あれほど犬になるのを嫌がっていたえりこちゃんは、すっかり見違えるような賢い少女犬になってしまいました。本当にこのリリーが、あの我がままを言い放題だったえりこちゃんと同じ仔なのかと、誰もが眼を疑いました。見事なまでの伯母さまの調教ぶりです。

 

 

一通りのしつけが済んだので、伯母さまはリリーを外のお散歩に連れて行くことにしました。これまでは、“基本的なしつけの出来てない仔は外に連れていかない”という伯母さまの方針で、リリーは庭から外に出たことがなかったのです。

 

 

ある晴れた日曜日、何やら騒がしいので千絵子が外に出てみると、リリーがリードを引っ張られて庭の外に出されようとしています。もちろんいつものように丸はだかです。彼女は四つ足を踏ん張って抵抗しています。お顔を必死に振って、本気で嫌がっているようです。

 

 

様々な犬のしつけや芸を身に付けたリリーですが、訓練中は常に恥ずかしそうにしていました。お嬢さま育ちですから、もともとかなり羞恥心が強いのでしょう。チンチンや降参のポーズを取らせると、いまだにお顔はトマトケチャップのように真っ赤になってしまいます。ふてぶてしくされるよりは良いと、伯母さまはそんなリリーに好感を抱いていました。

 

 

その強い羞恥心がお外に出るのを嫌がらせているのでしょう。直接口に出して抗議することは、これまでの調教で、よくしつけられているので出来ません。眼に一杯の涙をためて身体を地面に縮こませながら、リードを引っ張る伯母さまの靴を真っ赤な舌を覗かせて、一生懸命に舐めて許しを乞うています。

 

 

伯母さまは頭を優しく撫で、なだめすかしますが、効果が無いと見ると、今度はお尻をムチで撫ぜるように軽くひっぱたきました。最初は軽くでも、言うことを聞かないでいると容赦なく叩かれることを知っているリリーは、やっと言うことを聞き始めます。その光景を見ていた千絵子は、叩かれる恐さや痛みから逃れようとして、大抵のことには従えるようになる女犬の心理を知りました。

 

 

伯母さまの許可をもらって、千絵子もついて行きました。リリーはお庭を歩く時とは違い、へっぴり腰になってヨタヨタといかにも歩きにくそうです。舗装された道は固く、いつもお庭の柔らかい土の上を歩いていたリリーは、力の入れ具合が解らず、「前足が痛いです」「おでこを打っちゃいました」「うまく前が見れません」と弱音の吐き通しです。伯母さまはそんなリリーの弱音には少しも耳を貸しません。そのかわり、いつもの半分くらいのゆっくりしたスピードでリードを引っ張ります。リリーちゃん、つらそうですねと千絵子が言うと、

 

 

「固い道路で歩くのは初めてなんだから、いつものように歩けないのは当たり前なのよ。十日もすれば慣れるから、あまり心配しなくても大丈夫」

 

なのだそうです。やがて二人と一匹は、人通りの多い道にさしかかりました。リリーはまた嫌がって立ち止まりますが、リードを強く引っ張られると、先ほどのようには抵抗せずに従っていきます。幾人もの知らない人の目に晒されて、亀の子のように身体を縮こめて歩くリリーです。

 

 

「もっとお尻を上げなさい。膝を擦りむきますよ」

 

「下ばかり見てないで、前を見て歩きなさい。道を通る人にお前の可愛らしいお顔を見てもらうのよ」

 

「ほらそんなによろめいて。足をもっと左右に開かないからバランスが悪いのです。オマンコを晒すのが恥ずかしいんだろうけど、お前の我がままを聞いていては訓練になりません。庭で教えたとおりの格好で歩きなさい」

 

 

リードを短く持った伯母さまの調教が続きます。リリーは涙でアスファルトを濡らしながら、一生懸命に伯母さまの命令をこなします。

 

「今日はこれくらいにしましょう。これからは毎日、外でお散歩しますからね。慣れてきたら公園にも連れて行ってあげます。早く電信柱にオシッコできるようになりましょうね」

 

 

頭を丁寧に撫でられて訓練の終了を告げられ、リリーはホッとした表情です。ご褒美に蜂蜜入りのカステラケーキを食べさしてもらい、やっとベソをかくのが止まりました。そして庭の調教で教えられたとおり、膝を伸ばしてお尻を高く上げ、足を左右にバランスよく開き、小さなお尻と晒した性器をモコモコと左右に振りながら、伯母さまのリードで帰途につくのでした。

 

 

この頃から千絵子は、リリーと遊んだり、伯母さまを手伝ってしつけをしてあげるようになりました。年齢は千絵子の方が下なので、年下の子にしつけをされるのは最初少し抵抗感もあったようですが、すぐに慣れたようです。門から入ってくる千絵子を見つけると、庭に放されているリリーは満面に笑顔をたたえて、四つ足で駆け寄ってきます。千絵子はいつもおせんべいなどのおやつを持って来てくれて、しかも伯母さまから、千絵子からのおやつなら食べてもいいと許可されているので、とてもなついているのです。

 

 

外のお散歩にも、伯母さまに頼まれて時々連れて行ってやります。リリーも段々と慣れてきて、今では人がたくさんの大通りも、恥ずかしがって俯き加減の姿勢ではありますが、普通のスピードで歩けるようになりました。往来のある道で、電信柱の根元をクンクンさせてオシッコをさせるのも、時間はかかりますが出来るようになりました。

 

 

 

お散歩を終えてお庭に帰ると、リリーにご褒美を与えます。「今日はどんなご褒美かしら」と期待で胸いっぱいのリリーに「伏せ」をさせ、その鼻面に大好物のお饅頭をかざしてやります。このお饅頭は昔$伯母さんが里帰りする時に、いつもお土産に持っていったこの地方の銘菓です。リリーは、まだ人間のえりこちゃんだった頃、このお饅頭のお土産が大好きで、いつも我がままを言っては一人で、箱の半分のお饅頭を平らげていました。今はお散歩のあとに、一個の半分がたまに貰えるだけです。

 

 

リリーは大好物のお饅頭が貰えることを知ると、満面の笑顔になりました。より目になってお饅頭をじっと見つめ、お口をいっぱいに開いて舌を出し、ハッハッハッとおねだりを始めて愛嬌を振りまきます。この愛嬌の振りまき方が足らないと、せっかくのお饅頭が引っ込められて、別のご褒美に変えられてしまうことを良く知っているのです。

 

 

開いたお口の端からよだれが垂れてきますが、「伏せ」を命令されているので、前足で拭うことも地面にこすって奇麗にすることもできません。ただよだれを流しっぱなしにするだけです。その風情がとても可愛らしいと千絵子は思いました。

 

 

エサをやる時には何でもいいから必ず芸をさせることになっているので、千絵子はリリーに「おまわり」を言いつけます。上手にできると、「それっ」とお饅頭を地面に放ってあげます。リリーは勇んでお饅頭に飛びつきますが、千絵子はすかさず「あおづけ」の命令を出します。リリーはちょっとだけ悔しそうな表情を浮かべて、お饅頭を確保したまま千絵子の命令を待つのです。

 

 

「よしリリー、いいわよ。おあがり」

 

命令が出ると、嬉しそうにパクっとお饅頭にかぶりつきます。いつも平べったいトレイで犬食いをしている癖で、地面に唇をくっつけたままモグモグしています。

 

 

千絵子は、リリーの変貌がいまだに信じられません。お嬢さま育ちの明るく健康な女学生だった娘が、みじめな丸はだかの格好で食べ物を地面に放られ、嬉しそうにクチャクチャと音を立てながら犬食いをしているなんて。食べ終わると、もっと欲しがって、千絵子の靴を舐め始めました。舐めながら上目使いのもの欲しそうな目で、千絵子を見上げます。

 

 

あの、意思の強そうな眼を真っ直ぐに向けて、「私は絶対に犬になんかなりません」と気丈に言い張っていた娘が、媚びの笑みを浮かべながら、お饅頭欲しさに靴を舐めているのです。

 

 

哀願の目を無視して千絵子は、

 

「こんな大好物をおあづけできるなんて、リリーはえらいわね」

 

と言って、頭を撫でてやりました。もうお饅頭は貰えないことを悟ったリリーですが、頭を撫でられたので機嫌よく犬小屋に戻っていきました。

 

 

優しい飼い主一家に、上手に犬に調教されて、可愛がられているリリーを見てると、女犬になるのは決して辛いことでも悲しいことでもないんだと千絵子は思いました。

 

こうして千絵子の「女犬になりたい」という漠然とした思いは、現実的で具体的な夢に変わっていくのでした。

 

 

 

(5)ご両親へのお披露目

 

 

リリーのご両親が訪ねていらっしゃることになりました。

 

ご主人と伯母さまが、ご両親からえりこちゃんを引き取って、すでに一年以上が過ぎています。えりこちゃんを立派な犬に育てたことを報告しようと、二人は張り切りました。千絵子にも、是非いらっしゃいなと$声をかけてくれます。

 

 

当日、リリーは犬になってから初めて、特別におめかしすることを許されました。千絵子が庭で、ホースの水と石鹸で、念入りに身体を洗ってあげます。ブラシを使ってヘソの胡麻も奇麗に落してあげます。その後、動物美容院に連れて行かれ、肩まで伸びた髪をきれいに整えられました。前髪は眉の位置で一直線に切り揃えられます。股間の薄い陰毛以外の無駄毛も奇麗に剃られました。

 

 

 

幅二十センチはある特大の赤いリボンを頭の真中に付けられて、その左右にやや大きめのリボンが飾られます。唇には薄いピンク色のルージュが引かれ、ホッペタには犬らしさを強調する真っ赤な頬紅が刷かれます。4本の足の爪にも、控えめなオレンジ色のマニキュアが塗られました。最後に美容クリームが全身に塗られると、ピカピカの美少女犬の出来上がりです。ご両親に会うのが恥ずかしいのか、今日は朝からお顔の曇りがちだったリリーでしたが、お化粧が済むと大喜びです。帰り道はご機嫌で、いつもよりお尻を高く上げながら歩きます。この辺は思春期の普通の少女と変わりがありませんね。

 

 

庭に戻ったリリーは、犬小屋の脇の杭に首輪の鎖を繋げられて、お座りの姿勢で待機させられます。伯母さまは小屋の正面に大きなガーデンテーブルを広げると、たくさんのご馳走と飲み物を並べ、ガーデンパーティを演出します。ご主人は料理テーブルの他にもう一台、人が一人横になれる程の大きさのテーブルを用意し、上にバスタオルを念入りに敷き詰めてテーブルベッドを作ります。この上にリリーを乗せて、ご両親に検分してもらうのです。

 

間もなくご両親が到着されました。

 

 

ご両親は一人の少女を連れてやっていらっしゃいました。

 

「この娘さんは、えりこのお友だちの飯島さんです。えりことは小学校から高校まで一緒のクラスでした。えりこの一番仲の良かったお友だちでしたので、今日は一緒に来てもらいました」

 

「お二人とも久しぶり。飯島さん$ようこそいらっしゃいました。歓迎しますよ。さ、見てやってください。えりこちゃんはそこにいますから」

 

 

三人は犬小屋の側に女犬が一匹いる事に気がつきましたが、それがえりこちゃんだと解るには、少々時間がかかりました。丸はだかで鎖に繋がれて、真っ赤な大きなリボン三つに頬紅でおめかしし、チョコンとお行儀良くお座りしているのが$確かにあのえりこちゃんであることに気がつくと、一様に感嘆の声をあげました。

 

 

「えりこ? これが本当に、あのえりこ?」

 

「まあ、えりこ。声も立てずにお座りしていたのね。ずいぶんお行儀良くなったこと」

 

ご両親は驚きを隠しません。「おすわり」の命令を忠実に守って、一言も口をきかずに座っていたなんて。我がままなえりこちゃんに、小さい頃から手を焼いていたご両親には信じられませんでした。

 

お友だちの飯島さんも$ポカンと口を半開きにして見ています。

 

 

「さあ、リリー。パパとママとお友だちにご挨拶なさい」

 

と言いながら、伯母さまが鎖をはずしてくれます。自由になったリリーは、ご両親の前に這って進むと、靴を舐めてご挨拶です。昨日、伯母さまにこうすることを言い付けられていたのです。

 

「まあ、えりこ・・」

 

お母さまは髪を撫でてやりました。リリーは優しいママの手も、ペロペロと舐めました。

 

 

「さ、お友だちにもするのよ」

 

伯母さまの命令で、飯島さんの前に進みます。ところが様子がおかしいのです。すぐには舐めようとせず、上体を俯きかげんにしてためらっています。ご主人の眼がキラリと光りました。お客さまの前で命令を実行できないということは、飼い主に恥をかかせることであり、それはご主人が一番嫌うことです。飯島さんはえりこちゃんがが舐めやすいように、足を前に出してくれました。その足から逃げるように身体をそらすリリーですが、ご主人の恐い眼に気がつくと、眼をつぶるようにして飯島さんの靴に口を付けました。

 

 

「恥ずかしがってるのかな? 予告もしないで急に来ちゃったものね。えりちゃんごめんね」

 

頭の大きなリボンを撫ぜて、飯島さんが慰めてくれます。

 

 

「さあリリー、こっちにおいで。この上に乗って、みなさんにリリーの成長具合を見てもらいましょう」

 

伯母さまがテーブルベッドを示します。リリーはヨロヨロと向かいます。どうもリリーにいつもの元気がありません。いったいどうしたというのでしょう? お化粧をしてもらった時は、あんなに大喜びしていたのに。

 

 

ベッドに上がると$まず最初に「降参のポーズ」を命令されました。立膝の後足を思い切り開いて性器と肛門を晒し、前足をバンザイにします。

 

 

「では、あらためてみなさんに紹介させていただきます。一年前から我が家の飼い犬になったえりこちゃんは、どうにか可愛いメス犬になることができました。名前は「リリー号」です。これからみなさんに、リリーの可愛いワンちゃんぶりを披露させていただきます」

 

三人から拍手が上がりました。

 

 

「まず最初に、みんなでリリーに愛撫してやってください。とても喜びますよ」

 

みんな一斉にリリーに手を伸ばしました。ベッドに上げられて、ちょっと震えていたリリーですが、どの手もみんな優しい愛撫をしてくれるので、ここにきてやっとニコッとした明るい笑顔が出て、みんなに愛嬌を振りまくことが出来ました。それを見て、ご主人と伯母さまもホッとします。

 

 

「えりこ、いいお顔ね。気持ちいいの?」

 

太ももとわき腹のあたりをゆっくりさすりながら、お母さまが訊ねます。

 

「ハイ、気持ちいいです。パパ、ママ、飯島さん、ありがとう」

 

ニコニコしながら、今日始めて口をききます。

 

 

「あれ、えりちゃんしゃべれるんだ。声帯は潰されてないのね」

 

飯島さんが、オデコを撫でてあげながら言います。女犬の中には飼い主の意向で、しゃべれないように声帯を潰されている仔もいるのです。私たちはそんな可哀想なことしないのよ、と伯母さまが答えてくれました。

 

 

「笑顔の清らかさは変わらないな。しかし従順なワンコになったものだねえ。まるで夢を見ているようだ」

 

お父さまはさっきからおっぱいばかり触っています。女犬になったとはいえ、まさか実の娘のふっくらと膨らみかけているおっぱいを触ることが出来るなんて思ってもいませんでした。つい夢中になって揉み込んでやります。

 

 

「あ、あ、パパ・・」

 

切なくなって、リリーが変な声を上げました。伯母さまが苦笑してお父さまに注意します。

 

「ただでさえ女犬は感じやすいんだから、膨らみかけの胸をそんな風に触ったら可哀想でしょう。発情が始まったらどうするのよ(笑)」

 

お母さまが物凄い怖い眼でお父さまを睨みつけます。こりゃイカンとばかりにお父さまは愛撫の手を引っ込めて、テレ笑いしました。

 

 

「そろそろいいでしょう。さ、リリー。お口をいっぱいに開けてごらん」

 

伯母さんの合図でみんなの手が一斉に引っ込みます。リリーは笑顔のまま、パックリと元気良くお口を開きました。健康的な真っ白い小粒の歯が揃っています。上下左右の四箇所、四本の歯が他の歯の倍くらい伸びています。

 

 

「夜寝る前に、うちの子供たちが毎日ブラシで手入れしてやってますから、虫歯なんか一本もないでしょ」

 

お母さまが子供たちに「いつもありがとうね」とお礼を言います。

 

「四本の犬歯が発達して牙になりました。舌はまだ変化中で、現在の二倍くらいの長さまで伸びるでしょう。ヨダレの量ももっと増えます」

 

 

もういいわよと、口を閉じさせると、次に前足の指を示します。見た目は健康的な可愛らしい指です。

 

「指の麻痺は完全です。卵のような形と大きさのものを五秒くらい持つのが限度です」

 

「嗅覚や聴覚の発達も順調です。ハンカチなどの布製品なら、匂いで持ち主を当てることができます」

 

「胃腸の体質変化も完了です。残飯に対する抵抗感はここに来た当初から全くありませんでした。魚の骨や野菜屑、期限切れの肉に固くなったご飯など、毎日私たち家族の残飯をおいしそうにして食べてます」

 

 

それからリリーは「伏せ」の格好にさせられました。頭を下げたまま、お尻を大きく上に突き出すように命令されます。伯母さまは成長中の尻尾をつまみあげて説明を続けます。

 

「現在一三センチまで成長しました。あと二〜三年で二五センチを越すでしょう。少しなら振ることも出来ます。リリー、尻尾を振ってごらん」

 

 

尻尾がパタパタと上下に振られました。お顔を突っ伏し、お尻を高く上げた格好で尻尾を振る姿は愛嬌たっぷりです。一同から拍手が起こりました。

 

 

「性器の発達も正常です。バルトリン氏腺液の分泌は、女犬としてはやや少な目で、道をお散歩させたりすると少し濡らす程度です。でもこの年頃でしたら、それは正常の範囲です。もう少し大人になれば、一日中、濡らしっぱなしになるでしょう」

 

急にエッチな話が始まったので、千絵子はドギマギします。

 

 

「まだリリーには性的な訓練は何も行っていませんが、思春期の少女犬らしく性欲の亢進は充分で、月に四〜五回発情しているようです。どうしても我慢できないと訴える時には、オナニーをさせています。不自由な指では満足できないようなので、女犬用の張り形を使わせています。もちろん我慢もさせますし、やり過ぎないようにしつけてますから、淫乱犬になる心配はご無用ですよ。将来は種付けして、可愛い仔犬を生ませるつもりです」

 

 

リリーは発情の回数や、オナニーのお道具までバラされて、お顔をバスタオルに擦りつけ、お尻と尻尾を愛嬌よく振って恥ずかしがります。飯島さんがお尻のホッペを撫ぜてくれました。

 

「えりちゃん、オナニー我慢できるんだ。偉いね。淫乱犬になんかなっちゃダメだよ」

 

「仔犬を生ませてもらえるのね。楽しみだわ。去勢されたりしないで良かったね、えりこ」

 

お母さんもお尻をそっと触ってくれました。

 

 

「肌の色艶もいいでしょう。女犬への変化は順調です。えりこちゃんの身体は健康に育っています」

 

「はい。しっかりと見届けました」

 

ご両親が安心したように答えます。

 

 

 

(6)千絵子の理想の飼い主像

 

 

「それではこれから “しつけ”と“芸”の訓練の成果をお見せしましょう。リリー、チンチンをお見せしなさい」

 

芸の命令を受けたリリーは、俊敏に動き始めました。モタモタした芸を見せたら、ご主人たちに恥をかかせることになると、この点は昨日、厳しく注意されていたのです。

 

テーブルベッドの上で素早くつま先立ちになり、後ろ足の裏同士をくっつけて股間を大きく広げます。前足はグーの形を作り、おっぱいを隠さないように注意して、両胸の脇に添えます。可愛いお顔に満面の笑みを浮かべ、お口を開いて舌を出し入れしながら、「ハッハッハッハッ」とおねだりするような息を吐きます。

 

 

「あら、可愛いチンチン」

 

「まあ、えりこ。こんなことまで出来るようになるなんて・・・」

 

「ほう、安定した姿勢で出来てますな。偉いぞ、えりこ」

 

まずは及第点です。それから次々に、仕込まれた芸を披露していくリリーでした。

 

 

「おすわり」から「お手」と「おかわり」、そして「おまわり」への連続芸。「おまわり」は「やめ」の命令が出るまで、いつまでもクルクルと止まらずに回り続けます。やっと命令を解いてもらうと、目を回したのか、コロンと愛嬌たっぷりのガニマタで後ろに引っくり返ります。お父さんもお母さんも飯島さんもゲラゲラ笑いました。芸を楽しんでもらえて嬉しいのか、リリーも引っくり返ったまま、ニコニコしています。

 

 

伯母さまは棒を取り出すと、リリーに示します。リリーはテーブルベッドの上で身構えました。棒が思い切り遠くへ放られます。同時にリリーが前足から飛び降りて、一目散に棒を追いかけていくのです。棒を咥えて四つ足で戻ってくると、お母さまの足元でお座りをし、首を差し出して棒を取ってきたことをアピールします。お顔はうまく取って来れた喜びで、満面の笑顔になっています。

 

 

「上手よ、えりこ。あんなに早くワンコ歩きができるのね。あら、なに? 棒をくれるの?」

 

「お母さまに投げて貰いたいのですよ。」

 

棒を受け取ったお母さまが、なるべく遠くへ放ってやると、リリーはまた嬉しそうにピューンと走っていきます。

 

 

棒遊びを何度か繰り返し、とても上手にできたので、千絵子はリリーに何かご褒美をやりたくなりました。

 

「伯母さま、これ、リリーちゃんの為に持ってきてあげたんだけど」

 

千絵子がリリーの大好物のあんころ餅を取り出します。

 

「ちょうどいいわ。頑張ったご褒美に、ご両親の前であげて見せましょう」

 

 

リリーはあんころ餅をもらえるのがよほど嬉しかったのでしょう。命じられもしないのにチンチンのポーズを取り、股間を丸出しにして、尻尾でパタパタと地面を叩いて喜びを表現しています。頬紅で真っ赤におめかししたホッペタを膨らまし気味にして、舌の出し入れでおねだりです。

 

 

「これが本当にあのえりちゃんなの? どうしても信じられないや。確かにえりちゃんは甘い物が大好きだったけど」

 

飯島さんが呆れたような口調で言います。甘い物が好きなのは関係ないだろう、と千絵子は思いました。自分が愛嬌を振りまけば、お客様や飼い主が喜ぶのだと、しつけで教えられているから、恥ずかしいのを我慢して一生懸命道化を演じてるんだわ、と千絵子は理解しています。

 

 

「本当によくしつけてありますね。私は人間だった頃のえりこを、ちっともしつけられなかったから、ちょっと恥ずかしいわ」

 

「それは違いますよ。犬と人間のしつけは全然違いますから。うちの坊主たちなんか、お行儀の悪さは町内一です」

 

お母さまのため息に、ご主人がフォローします。

 

「そうですよ。その代わりにえりこちゃんは、とても明るい娘に育ったじゃありませんか。犬になった今でもその明るさは消えてないでしょう」

 

 

「ハッハッハッ」っと可愛いおねだりを繰り返すリリーは、早くあんころ餅がいただきたくて、身体をゆさぶって「ワンワン」と鳴いてアピールを始めました。

 

「ワンワンって鳴くんだ。可愛いー」

 

あまりの可愛らしさに、飯島さんが千絵子と伯母さまにお願いします。

 

「ねえ、私がご褒美をあげてもいいかしら?」

 

「構いませんよ。ただし、何かもう一つ芸をやらせてからにしてね」

 

 

千絵子からあんころ餅を受けとった飯島さんは、リリーと向かいました。リリーの表情が変化します。つらそうなお顔になって、それでも健気に小さな胸を張って、お尻を振りました。リリーの表情の変化に伯母さまも主人も千絵子も気がつきましたが、とりあえず様子を見ます。

 

 

リリーはかつての親友に、あんころ餅を地面に置かれ、「チンチンをしたまま待て」と命令されました。飯島さんの方を向いて、足を開いて舌を出したまま、健気に次の命令を待ちます。飯島さんが手をリリーの口に付けると、ペロペロと舐めました。その手で頭を撫でてやり、「よし、おまわり!」。頭にやった手を、クルクル回します。リリーは手の動きを見上げてリズムとスピードを合わせながら、一生懸命回ります。飯島さんが手をゆっくり回すとゆっくり、早く回すと早く、首を上に向けて手の動きを見ながら、それに合わせて身体を回転させるのです。

 

 

見事な芸を披露し終え、「おすわり」を命令されて少し休憩し、最後に「よし、おあがり」の命令で、飯島さんの手からご褒美のあんころ餅を食べさせてもらいました。

 

「これはいったいどういうこと? そんな芸はまだ仕込んでないのに」

 

伯母さまが驚きの表情で言います。

 

 

「えへへ。田舎に可愛い女犬がいて、よく二人でおやつをあげに行ってたの。今のはその時やらせていた芸なんですよ。えりちゃんなら、きっと出来ると思って」

 

得意そうに飯島さんが説明しました。

 

 

感心した伯母さまが誉めてやろうと、あんころ餅をパクついているリリーの方を向きました。リリーは地面に顔を付けっぱなしにしてモグモグしています。ちょっと様子が変です。顔が見えないので他のみんなは気がつきませんが、どうやら泣いているようなのです。いったいどうしたというのかしら?

 

一通りの披露が終わり、一同は食事の用意されているテーブルにつきました。リリーはみんなから良く見えるように、テーブルの正面にエサを盛った餌皿を置かれて、その前にお座りをし、大人しく「おあがり」の命令を待っています。今日のエサは特別に、いつもの残飯の上に、焼き魚と石焼イモとトウモロコシが乗せられています。

 

 

 

ご両親は久しぶりに再会した元の愛娘が、すっかり可愛らしいワンちゃんに変身していているのを確認して、ホッとしました。人間の女の子なら、ある程度の我がままも許されるでしょうが、犬には許されません。もし人間の時の性格のまま、「我がまま言い放題の可愛げのない犬」になっていたらと思うと、心配で仕方無かったのです。それが、きちんとしつけの行き届いた、賢い少女犬になっているのをこの目で確認出来て、安心した様子です。

 

 

先ほどからお二人はテーブルの料理をおいしくいただきながら、エサを目の前にして大人しくお坐りし、「おあがり」の命令を待っているえりこちゃんを見つめ、ご満悦の表情を崩しません。

 

「いや完璧です。さすがは義兄さんですな。よくもまあ、あの甘えん坊で我がまま放題だったえりこを、ここまでしつけましたね。人間だった時の明るい性格や可愛いらしい容貌もそのままです。感謝しますよ。ありがとうございました」

 

 

「いやいや、ここまで来るのは大変だったのです。“絶対に犬にはならない” と言い張るのを、ある時はお尻を叩き、ある時はなだめすかして言うことを聞かせたのです。犬になることを納得させるだけで半年かかりました」

 

 

「そうよ、大変だったんだから。でも私は昔からえりこちゃんが大好きでしたから、あまり苦にはなりませんでした。お顔や容姿は可愛らしいし、どちらかといえば甘えん坊さんだし、我がままとはいってもヒネくれてるわけじゃなく、とても明るい無邪気な我がままでしょう? そんな可愛いえりこちゃんを、ムチで叩いて自由にしつけられるんだから、私たちにまかせてくれた貴方たちには、本当に感謝してるんですよ」

 

 

「姉さんもお疲れさまでした。確かに昔から姉さんはえりこのことがお気に入りでしたよね。これからも私たちに遠慮なく、厳しくする所は厳しくしてやってください。女犬は少し甘くすると、すぐにつけ上がりますからね」

 

「大丈夫よ。いくら弟の娘だからといっても、女犬のしつけを甘くしたりはしませんから」

 

 

会話を聞いていて、リリーは少し悲しくなりました。でも「おすわり」の命令を受けているので、勝手にしゃべったり笑顔を崩したりすることは出来ません。

 

 

忠実にお座りの姿勢を取り続けているリリーに、飯島さんが近づいて話しかけます。

 

「えりちゃん、これ食べる? えりちゃんの大好きだったフライドチキンだよ。昔よく二人で、学校の帰りにお店に寄って食べたよね」

 

飯島さんがフライドチキンを食べさせようと、口元まで持ってきてくれます。しかしリリーは、悲しそうに唇を噛みしめるばかりです。伯母さまが説明してくれます。

 

「あ、ごめんね、飯島さん。リリーは私たちの命令がなければ、よその人の手からの食べ物は、決して食べないようにしつけられているの。あまり気を悪くしないであげてね」

 

 

「そうなんですか。本当にこのリリーちゃん、よくしつけられてますね。一度言い出したら絶対に意見を曲げなかった、プライドの高い、強情っぱりのえりこだったのに」

 

「おばさんが、頑張って調教しましたからね」

 

「調教のコツってなんですか? 私もえりこみたいなプライドの高い子を犬にしてみたい」

 

「厳しさと愛情かな。愛情の方が大事だと思うわよ。優しく、優しく、厳しく、優しく、ね」

 

 

飯島さんはフライドチキンを餌皿に置いてやり、話しかけます。

 

「えりちゃん良かったね。とても可愛がられてるみたいで。学校ではそろそろ受験勉強が始まるのでみんな大変よ。えりちゃんはもう受験とか、就職とか、結婚とか、そんなこと一生考えないで暮らすんだね。毎日、芸を披露して愛嬌を振りまくことだけを考えてればいいんだ。もうすっかり本当のワンちゃんになったみたいだよ。私のへたくそな命令でも上手に芸ができたし。髪に付けたおっきなリボンがとても似合ってるよ。そうだ、その格好を写真に撮って、クラスのみんなに見せてあげましょう」

 

 

飯島さんがカメラを取り出しました。とたんにリリーは顔面蒼白になります。カメラが向けられると、身体が痙攣を始めました。フラッシュが炊かれると、ついにお坐りの命令を破って、地面に突っ伏してしまいます。

 

「リリー! どうしたの!」

 

伯母さまがかけ寄ります。こんなことは初めてです。いったいなにが起きたのでしょう?

 

 

「リリーは恥ずかしがってるんだよ。昔のお友だちに犬になったところを見られるのが、死ぬほどつらいんだ」

 

千絵子がつぶやきました。なるほど、そう言われれば思い当たることばかりです。

 

 

「リリー、そうなの?」

 

伯母さまがリリーの背中を擦りながら優しく問いただします。

 

「お坐りの命令を破ったのは特別に許してあげます。だから本当のことを言いなさい」

 

 

少し落ち着きを取り戻したリリーが、とっても小さい声で言います。

 

「パパとママに会えたのはとても嬉しかったです・・でも・・でも・・」

 

「でもなあに?」

 

 

「飯島さんとは好きな男の子を告白し合ったり、いろんな悩みを相談し合った本当のお友だちでした。そんな彼女に犬になったところを見られるのは・・・恥ずかしすぎて凄く辛いです。アン、アン$アアーン」

 

ついに声をあげて泣き出してしまいました。

 

「写真をクラスのみんなに見られるのも、死ぬほど恥ずかしいです。辛いです。お願い、後生だから写真を撮るのは堪忍して」

 

身も世も無い哀願に飯島さんは、今撮った写真どうしよう、というジェスチャアでカメラをかざします。

 

 

ご主人が口を開きました。

 

「まあ無理も無い。犬になりますと決心してからまだ半年だ。もともと羞恥心が強い娘で、それを払拭することは避けて調教してきたからね。しかし、写真を撮るなというのはリリーの我がままだ。リリー、お前の言うことは聞けないよ。お前の写真を撮ってクラスのみんなに見せたいというのは飯島さんの希望だ。人間の希望が犬の我がままで退けられるというのは、どう考えてもおかしい」

 

ご主人が正論を断固とした口調で言います。ところが伯母さまが反対意見を出しました。

 

 

「あなた、何を杓子定規なこと言ってんのよ。今日は写真は撮らせません。いま撮った一枚も処分させてね。この仔は今日一日、飯島さんに見られながら、恥ずかしいのを必死になって我慢して、芸をご両親に披露していたのよ。私たちの想像以上に、昔のお友だちに見られるのは恥ずかしかったのよ。でもそれをなんとか悟られまいとして、飯島さんの靴だって舐めて、私たちに尽くしていたじゃない。なんて健気なのかしら。この仔は今日はもう限界よ。写真は絶対に撮らせません。リリー、辛かったね。気がついてあげられなくてごめんね」

 

 

優しく抱きしめて、背中を撫ぜてやります。リリーは伯母さまの優しさに、号泣しながら力の限り抱きつきます。リリーのことはここ最近、仕事にかまけて全て伯母さまに任せてきたご主人は、伯母さまにそこまで言われては従うよりありません。飯島さんも、カメラのメモリーを消去して、「安心してね、今消したから」と、髪の毛を優しく撫でてやります。

 

「リリー。これから私の言うことをよく聞きなさい」

 

伯母さまが顔をうんと近づけて、リリーに言い聞かせます。

 

 

「羞恥心は本来人間だけの物だけど、私たちは羞恥心を残してる女犬が好きなの。恥ずかしがりながら忠実に命令をこなす女犬が可愛いって思ってるのよ。だからあえて、おまえの羞恥心を取り除く調教はしませんでした。でも羞恥心が邪魔して命令が聞けないのであれば、本末転倒だわ。今日は良く出来た芸に免じて許してあげますけど、次は許しませんからね。明日から新しい調教を始めます。羞恥心に打ち勝つ“犬のプライド”を持つ為の調教です。おまえの羞恥心を取り除くことはしません。いくら恥ずかしくても、“犬のプライド”があればどんな命令でも聞けるようになります。リリーもそろそろ畜化の次の段階に進む時期が来たということね」

 

 

千絵子は今日の伯母さまの態度を立派だと思いました。調教のコツは厳しさと優しさ。厳しさよりも優しさの方が大事。それを言葉通りに実行しています。いざというときに、自分の大切なペットを守る強さにも感激しました。こんなご主人さまに飼われたい。千絵子は自分を飼ってくれる「理想の飼い主像」を、伯母さまの中に見つけたような気がしました。

 

 

(7)高校生活の始まり

 

 

 

千絵子は中学を卒業すると、私立のミッション系女子高校に進学しました。入学前に身体検査があり、この時に女犬だと診断される仔はたくさんいます。千絵子は内心、「女犬と診断されて欲しい」と願っていましたが、診断は「正常」でした。「女犬」の診断率は0.05%くらいなので、千絵子にとっては狭き門です。この国では女性は二十二歳くらいまで、毎年身体検査を受けるのが義務です。いつ女犬の兆候が現われるかわからないからです。二十二歳を過ぎれば、めったに女犬になることはないのですが、ごくまれに三十歳を過ぎてから女犬に変身する仔もいます。

 

 

千絵子が小学生だった頃、同級生の男の子のママが急に女犬になってしまったことがありました。彼の一家は大変だったようです。もちろん女犬に家事はできません。ご飯を作るのも掃除や洗濯をするのも、みんなお父さんと子供たちでしなくてはならないのです。おまけに元ママの女犬の世話もしなくてはなりません。

 

 

元ママの女犬の世話をするのは同級生の彼の役目でした。千絵子は放課後、元ママの女犬の散歩を手伝ってあげたことがあります。元ママの女犬は三十歳を過ぎてはいましたが、とても上品な顔立ちで、はだかにされていても立ち居振舞いが犬にしてはたいへん優雅でした。きっと育ちが良かったんでしょう。

 

 

二人ではだかの元ママの女犬のリードを交代で引いてあげて、町内を一周しました。途中寄り道をして買い食いをしようとしたら、元ママの女犬が何か言いたそうにしています。それに気がついた千絵子が、

 

「この仔、何か言いたいことがあるんじゃないの?」

 

と聞くと、

 

 

「ほっておいていいよ。この仔まだ人間だった頃が完全に忘れられないみたいで、昔のママだった時みたいなことを時々言うんだ。たぶん買い食いなんかしちゃだめよって言いたいんだと思う」

 

「まあ、それが本当ならお仕置きしなくちゃいけないわ」

 

 

「僕はお仕置きは苦手だな。いくら女犬だって、尻尾と牙が生えた以外、見た目はママだった頃と一緒なんだもの。僕はママが大好きだったから」

 

そう言って、本来ならお仕置きをされても仕方がない元ママの女犬を、優しく撫ぜます。元ママの女犬は悲しそうな眼をして、千絵子たちの買い物が済むのを道ばたで、大人しくお坐りして待っていました。

 

 

さて、高校生になった千絵子は動物が好きだったので、飼育部に入りました。学校ではニワトリやアヒルなどの小動物を十種類くらい飼っていて、飼育部の部員たちが世話をしているのです。初めての部活動の時に飼育小屋を案内されました。飼育小屋は学校の裏手の寂しい場所に建っていますが、中に入るといろんな動物たちの鳴き声でとても賑やかです。

 

 

飼育小屋の一番奥に大きな扉のついた、ゴリラでも入れるような檻が置かれています。中には何も入っていません。

 

「先輩、あの大きな檻はなんですか?」

 

新入部員が聞きます。

 

「ああ、あれ? それが良くわかんないのよ。OGの先輩たちも知らない人が多くて」

 

「大昔にこの檻で、女犬を飼ってたって噂を聞いたことはあるけど」

 

「女犬を? へえ。この学校の生徒かしら?」

 

「噂だからね、わかんないよ」

 

それを聞いた千絵子は、この檻にはだかで入れられて、飼育部のクラスメートに世話をされる自分を想像しました。

 

 

二年生になった千絵子に後輩が出来ました。飼育部の新入部員「鹿島陽子」ちゃんの指導係を任命されて、飼育小屋の掃除の段取りとか、エサのやり方とかを教えてあげます。陽子ちゃんは動物好きで優しい性格の美人です。中学時代はバスケットの選手だったそうですが、練習中に足を怪我したので今はやっていないそうです。

 

 

千絵子は陽子ちゃんとすぐ仲良しになりました。スポーツをやっていただけあって、性格は明るく快活です。さすが元バスケットの選手だけあって、身長は一七〇センチもあります。身体のバランスも良くて、見た目スラリとしています。細面のお顔はとても品があり、控えめなおちょぼ口が古風な美人に見せています。怪我のせいでビッコを引くことがありますが、持ち前の明るさと、優しい温厚な性格で、お友達は沢山いるようです。

 

 

帰る方向が同じなので部活の後、千絵子はよく陽子ちゃんと一緒に帰りました。千絵子は美人なのに少しも鼻にかけない陽子ちゃんが大好きになって、とてもよく可愛がりました。陽子ちゃんも千絵子を先輩として慕っていたようです。帰り道、二人は色んなことを話ました。好きなタレントのこと、初恋のこと、家族のこと。陽子ちゃんは自分のママが大好きで、日曜日なんかはよく二人でショッピングや映画に出かけるそうです。一度家に遊びに行った時に紹介されましたが、本当に優しくてきれいなママでした。

 

 

千絵子は三年生になると、飼育部の部長になりました。陽子ちゃんもとても喜んでくれました。ところがその年の五月、恒例の身体検査で大変なことが起きてしまったのです。千絵子は残念ながらまた「正常」でしたが、なんと二年生から二人、三年生から一人と、三人もの仔が「女犬」と診断されたのです。同じ学校から三人も女犬が出るのはとても珍しいのですが、その三人の中に、鹿島陽子ちゃんも入っていたのです。

 

「女犬」の仔たちは、学校から直ちに施設へ送られました。もう二度と会うこともないでしょう。

 

 

陽子ちゃんはヨダレの量が人間の十倍もあったそうです。調べてみると、ヨダレを分泌する器官が犬と同じものだったそうです。そういえば陽子ちゃんはおちょぼ口のくせに、あまり口を開けずにしゃべるので、何を言ってるのか聞き取りにくいことがしばしばありました。今から思うと、沢山のヨダレがすぐお口の中にたまってしまうので、大きく口を開けてしゃべるのを避けていたのでしょう。ヨダレを何度もすすり上げているのを見たという人もいます。あんな整った顔立ちの娘の口の中が、いつもヨダレでいっぱいだったとは驚きでした。当然評判はよくありません。飼育部のみんなも、

 

 

「よく今まで騙し通せたよね。あんなきれいな顔をしてて信じらんない」

 

「ヨダレだらけの不潔な女犬に誤魔化されてたんだと思うと、なんかむかつく」

 

「もしどこかで散歩中に出会ったら、ツバを吐きかけてやろうよ」

 

などと言ってます。

 

 

部長の千絵子は、

 

「まあいいか。もう二度と会うこともないだろうし」

 

と、彼女たちの怒りを放っておきました。ところがどっこい。二度と会うこともないだろう、どころの騒ぎではなくなってきたのです。

 

 

(8)三匹の女犬たち

 

 

身体検査から一ヶ月が過ぎた頃、千絵子は校長先生に呼ばれました。校長室には校長先生のほか、教頭先生に担任の先生、学年主任の先生に生活指導の先生、飼育部の部長先生もいます。

 

「じつは先日行われた身体検査で女犬になった、我が校の生徒の事なんだが」

 

女犬の話に何故、千絵子が呼ばれたのでしょう。

 

 

 

「あの時、女犬と診断されたのは三人です。二年B組の倉田奈美さん、同じく二年D組の鹿島陽子さん、三年A組の近藤麗子さんです。三人の投薬処置は昨日ですべて完了しました」

 

「三人ともきれいな娘たちだったのに、ちょっと可哀想でしたわね」

 

「そうですね。きれいな娘は女犬に変身しやすいという俗説を、証明するような結果でしたわ」

 

校長先生のお話が続きます。

 

 

「二年生の倉田奈美さんは、牙が生えかかっているのを検査で発見され、施設に送られました。彼女はお母さまを早くに亡くし、お父さまと二人暮らしでした。お父さまは大手商社の部長さんです。今日からは元通り、実父であるお父さまに引き取られ、みやび丸という名前で暮らしていくそうです」

 

「みやび丸? ずい分時代がかった名前ですわね」

 

「いや、いい名前ですよ。おっとりした和風美人の倉田さんにピッタリの名前だ」

 

「そうですね。亡くなったお母さまにそっくりの、しとやかな娘でしたから」

 

一同から賛同の声が起きます。

 

 

「元々お父さまは娘さんをたいへん可愛がってらっしゃいました。奈美さんもお父さまのことは慕っていたようです。お父さまは犬になったみやび丸と暮らすため、広いマンションを用意されました。世話係りのペットシッターも雇われました。ちょっと気になるのは再婚の予定もないのに、大きなキングサイズのベッドを購入されたという噂なのですが。まあ、もしみやび丸が仔犬を生んだとしても、これはよくある話ですからな。みやび丸はお父さまの愛らしい愛玩犬として、きっと幸せに暮らしていくでしょう」

 

一同から拍手が上がりました。

 

 

「さて三年生の近藤麗子さんですが、彼女は、その、なんというか、あの、特別な器官の分泌液が過剰で・・・」

 

「オマンコをいつも濡らしていた、ということでしょう?」

 

無神経な学級主任が軽口のつもりで露骨なことを言います。千絵子は真っ赤になってしまいました。

 

 

「そ、そう。まあそういうことです。女犬症例第一種性感敏感症です。少しの性的刺激で大量のバルトリン氏腺液が分泌されます。男性の肌に触れただけで分泌が止まらなくなるそうですから、隠していた本人も辛かったでしょう。検査を担当した男性医師に触れられて、足元に小さな水たまりを作ってしまったそうですから。麗子さんの実家はペット厳禁のマンションなので、当然麗子さんを飼う訳にはいかないのです。そこで彼女は大手の動物タレントプロダクションに売られることになりました」

 

 

「動物タレントプロダクションというと、テレビや映画で使う動物を扱うプロダクションですね?」

 

「それはいいわ。彼女は人間のモデルとしてもやっていけるくらい、派手な美人だったし。きっと人気がでるわよ」

 

「本当に大手なんでしょうね? いいかげんな所だと動物セックスショーなんて、いかがわしい催しに出されるケースもあるのですよ」

 

 

校長先生がその疑問に答えます。

 

「まあ、我々が関知する問題ではありませんが、大手に間違いはないようです。ご両親の話だと、麗子さんの美貌にいくつものプロダクションが獲得に名乗りを上げて、オークションの末、田舎に小さな土地が買えるほどの値段で売れたとのことですから。最後に親孝行をしてくれたと喜んでいたそうです。そんな大金はいいかげんな所では払えないでしょう。もっとも麗子さん本人は、ご両親と別れたくないと言って泣いていたそうですが。麗子さんは「ポン太」という新しい名前を付けられて、すでにプロダクションの訓練所に入所しています」

 

 

「ポン太? なんですかそのふざけた名前は」

 

「親しみやすさを出すために、動物タレントの名前はだいたいそんなものですよ。今ごろは訓練所のチンパンジーやゴリラや猿や、同族の女犬たちと一緒に、厳しい訓練を受けていることでしょう」

 

一同からまばらに拍手が上がりました。

 

 

校長先生のお話は続きます。

 

「さて、問題は最後の鹿島陽子さんなのです」

 

「いったい何があったのですか?」

 

「陽子さんのお母さまは動物アレルギーで、小さい頃から一切動物がダメなのだそうです。陽子さんが女犬と診断されたことには非常に気を落されたそうですが、家にはまだ娘さんが二人もいることですし、陽子さんのことはキッパリとあきらめるそうです」

 

 

「まあ、彼女は家で飼ってもらえないんですか?」

 

意外な話に千絵子は思わず口を挟みました。大好きなママに飼ってもらって、幸せに暮らすのだとばかり思っていたのに。

 

「結論から言うと、そういうことなのです。問題が本当にアレルギーなら部屋を隔離するなど、対処法もあると思うのですが、どうもお母さまの話を聞いていると、腹を痛めた我が子とはいえ、女犬になった娘にあまり関心は持てない、ということのようなのです。アレルギーは口実でしょうな」

 

 

「まあひどい」

 

千絵子が悔しそうに言うと、

 

「まあ強制はできんよ。女犬はあくまで犬なのだからね」

 

担任の先生がもっともらしいことを言います。

 

 

「実家からは陽子さんの処分を施設に一任すると言ってきました。そこで施設は条例にのっとり、陽子さんの里親探しを始めました。ところがこれが、うまくいかなかったのです」

 

「あんな奇麗な仔に、里親が見つからなかったのですか?」

 

 

「そうなのです。女犬の数は慢性的に不足してますから、器量の良い陽子さんにはすぐに里親が見つかると思われていました。ところが陽子さんは二年前、バスケットの練習中に右足を骨折して、その後遺症で今でもビッコを引いています。ご存知のように身体に欠陥のある女犬は、はなはだ人気がないのです。陽子さんの退院日は今日なのですが、里親はいまだ見つかっておりません」

 

 

「このまま見つからないと、陽子さんはどうなるのですか?」

 

「あと十日以内に引き取り手が決まらないと、保健所に送られて薬殺処分されます。そのへんは、ノラ犬の処理と一緒です」

 

一瞬、場がシーンとなりました。

 

 

「時期も悪かったのですよ。先日の検査では、何故か全国で相当数の女犬が見つかり、一時的にでしょうが現在、市場が飽和状態なのです。ご両親に連絡して事情を説明しても、施設に一任したことだからと、素っ気もないのです。陽子さんはご両親には完全に見放されています」

 

 

「なるほど、それはちょっと可哀想ですね。それで、その問題と当校はどんな関係があるのですか?」

 

「本来なら何の関係もありません。ノラ犬として薬殺される女犬が、人間だった頃に在校していたというだけでは、基本的になんら関知する必要はないのです。ところがですね」

 

 

校長先生は一冊のノートを皆に見せました。中にはたくさんの人の名前が署名されています。どうやら嘆願書のようです。

 

「これは陽子さんを当校で飼って欲しいという歎願書です。陽子さんがバスケットの練習中に怪我をしたのは、危険なプレイをした後輩をかばったのが原因です。彼女に助けられた後輩は、現在中学三年生の少女です。この嘆願書はその少女が集めました」

 

 

「ほお、今時感心な子ですな」

 

「少女は女犬になった陽子さんの窮状を知り、自分のせいで里親が見つからずに殺されてしまうんだと悩み、なんとか里親を探そうとしましたが結局だめで、それならと署名を集め、当校に嘆願書を持ってきたというわけです。彼女が言うには、高校を卒業したら就職して陽子さんを引き取るので、その間の四年間、彼女の面倒をみてもらえないか、というのです」

 

 

「しかしそれは、考え様によってはずいぶん勝手、というか都合のいいお願いですな」

 

「第一、学校で女犬を飼うなど、前例がないでしょう」

 

「いやいや、みなさん。前例はあるのです」

 

校長先生の意外な言葉に、一同、驚きます。

 

 

「最近は絶対数が少ないので、里親探しに苦労する女犬など珍しいですが、二十年くらい前までは陽子さんと同じようなケースはよくありました。そんな時は女犬が在校していた学校が引き取り、一緒の教室で学んだクラスメートの有志が交代で世話をしていたのです」

 

「そういえば、私もそんな話を聞いたことがあります。では我が校でも?」

 

「飼育小屋の奥に大きな檻があるでしょう。あれで女犬を飼っていたのですよ。最後の女犬は十五年くらい前に、熱心に世話をしていた後輩の学生に引き取られていきました」

 

 

「では校長先生は、過去の例に従って、陽子さんを引き取ると?」

 

「過去の例に従うというより、動物の命を救ってほしいという嘆願書を無視するのは、動物愛護の精神からいって、教育機関としてはまずいでしょう」

 

「わかりました。それで誰が世話をするのですか?」

 

「我が校には動物の飼育部があります。どうですか? 飼育部で陽子さんを飼育することはできますか?」

 

 

先生方の目が一斉に千絵子と、飼育部の部長先生に向けられました。部長先生が千絵子に聞きます。

 

「女犬の飼育をしたことのある部員なんて、いるかな?」

 

「経験なら私があります。ボランティアでこれまでに十匹以上の女犬の世話をしてきましたから」

 

「しかし一人では無理だろう。でも何人必要なのか、見当もつかんな」

 

 

千絵子は考えました。部員たちに陽子ちゃんの世話をまかせたら、きっといじめるでしょう。

 

エサをやらなかったり、飲み水に石灰をまぜたり、檻の掃除をしてやらなかったり、ウンチやオシッコのあとを拭いてやらなかったり、便器や餌皿を隠したり、身体を洗ってやるホースで大量の水を飲ませたり、お坐りの命令を一日中解いてやらなかったり、女犬の嫌いな蛇や蛙を檻に投げ込んだり、陰毛に火を付けたり、尻尾や乳首の先をカッターで切ったり・・・・

 

 

人間にいじめられる女犬ほどみじめなものはないでしょう。将来、優しいご主人を探して、女犬になることを夢見ている千絵子にしてみれば、陽子ちゃんのことは決して他人事に思えません。一年間、部の後輩として可愛がってあげた陽子ちゃんです。彼女も慕ってくれました。内緒ですがバレンタインにチョコレートを貰ったこともあります。引き取るなら、私が一人で面倒を見てあげよう。そう決心しました。そりゃ、多少はいじめられるでしょうけれど、保健所に連れて行かれるよりはマシです。

 

 

「先生、女犬一匹くらいの飼育なら、私一人で充分ですよ」

 

「本当か? よし決まった。君が陽子くんの飼育責任者になりなさい」

 

校長先生も頼もしそうに大きく頷きました。

 

 

千絵子はその日のうちに飼育小屋の大きな檻を掃除して、いつでも陽子ちゃんを迎えられるようにしておきました。犬の名前も考えてやらなくちゃいけないな、と思いました。

 

 

(9)サンデー号の誕生

 

 

 

翌々日の放課後、檻付きのトラックで陽子ちゃんが運ばれて来ました。飼育小屋のある校舎の裏手にはトラックが入れないので、陽子ちゃんは校庭のスミに降ろされました。灰色の粗末な入院着を身にまとっています。あのリリー号が初めて伯母さまの家に連れて来られた時と同じ格好です。

 

 

あの時はご主人が服を脱がせましたが、今回その役を行うのは千絵子です。周囲にはかつての級友の変わり果てた姿を一目見ようと、野次馬が集まっています。

 

「ひさしぶりね陽子ちゃん。元気にしてたかな?」

 

頭を撫でてあげながら、千絵子が話しかけます。

 

 

「あ、先輩。わたし、わたし・・・」

 

何をしゃべったらいいか解らないようです。ペタンとお尻をついてうずくまっていた姿勢から立ち上がろうとするのを、千絵子は頭を撫でていた右手で優しく押さえつけ、

 

「いいのよ、そのままにしてなさい」

 

と言ってしゃがみこみ、目線の高さを合わせます。

 

 

「大変だったね、いろいろ」

 

「うん」

 

「私は陽子のことを思い出さなかった日はなかったよ」

 

「うん、うん」

 

施設にはこんな優しい言葉をかけてくれる人はいなかったのでしょう。涙をポロポロ流して嬉し泣きを始めます。

 

 

「私はあなたの飼育責任者になりました。陽子はこの学校の飼育小屋で飼われて暮らすのよ。ここでの生活はすべて私が一人で面倒を見てあげるから、あなたはもう何も心配することはないわ」

 

「本当ですか先輩? 本当に?」

 

いったいこれからどうなるのか不安で仕方なかったところに、やっと頼れる優しい先輩と再会し、これからの自分の身の振り方を説明されてホッとしたのでしょう。お顔が一気に明るくなりました。

 

 

「でもどうして? ママはどうして来てくれないの? どうして私は学校で飼われることになったの? 私、ママの所に帰りたい」

 

実家から見放されたことは知らないようです。それはそうでしょう。犬に人間の都合を教える必要はないのですから。嘆願書のことも、もう少しで保健所行きだったことも教えられてはいないでしょう。千絵子は、今は本当のことは言わない方がいいと判断し、こう言いました

 

 

「ママにはそのうち会えるわよ。その時に自分で事情を聞きなさい。その時まではここで、私の世話を受けて暮らすのよ。解ったかな?」

 

「はい、はい。先輩の言うこと、何でも聞きます」

 

頼れるのは先輩だけです。陽子ちゃんはすがるように千絵子を見つめました。

 

 

「そう。それではまず・・」

 

千絵子は立ち上がりました。つられて陽子ちゃんも立ち上がろうとしますが、千絵子に制止されます。そうして千絵子は足を少し開いて手を後ろに組み、真正面から毅然とした態度で陽子ちゃんを見下ろすと、最初の言い聞かせを始めます。

 

 

「解っているでしょうけれど、陽子はもう人間ではなくなったのよ。お前はメス犬になったのです。私はこれからずっと、お前を犬として扱います」

 

「もちろん私はお前を可愛がってあげるつもりだけど、それはあくまで、猫やハムスターや小鳥などの愛玩動物を可愛がるのと同じ意味で可愛がるということだからね。昔の部活動で先輩後輩だった頃と同じつもりでいたら大間違いよ。もしお前が勘違いをして、あの頃と同じような態度を取ったら、お仕置きをするかもしれません」

 

 

「これから毎日、朝と放課後に犬の生活の仕方を教えます。最初は戸惑うことがあるかもしれないけれど、私の言うことを聞いていれば間違いないから、なるべく早く自分が犬になったことを理解してね。犬の自覚が持てないと、女犬の生活はつらいわ」

 

 

「命令を聞けない時はお仕置きをします。自分からお仕置きをおねだりしても構いません。お尻を叩かれて痛い思いをすれば、意外にどんなことでも出来るようになるものよ」

 

 

「ある程度、飼育小屋での生活に慣れたら、しつけと芸を調教します。本来はお前の飼い主がすることなんだけど、将来、飼い主が決まって引き取られた時、年ばかり取っていて、何にもしつけや芸が身に付いてなかったら、お前の肩身が狭いでしょ? だから基本的なしつけと芸だけは、私が調教してあげます」

 

 

「これからお前が暮らす飼育小屋には、お前の先輩になるニワトリやアヒルや鳩や小ブタたちがたくさん住んでいます。お前も少し前まではよく世話をしていたから、知ってるわよね。でも昔、飼育してあげたからといって、威張ってはいけません。あの頃とは立場が全然違うのです。彼らにとって今のお前は、あくまで新入り、飼育小屋の新参者です。縄張りや位の上下を主張されたら、進んで先輩に譲りなさい。先輩たちとは決して喧嘩をしないこと。特にニワトリは縄張り意識が強いから気をつけるのよ」

 

 

「あ・・あ・・あぁ・・」

 

先輩から言い聞かされるあまりの言葉の連続に、陽子ちゃんは顔面蒼白です、覚悟はしていたのでしょうが、ここまではっきり犬扱いされるとは思っていなかったようです。畜化教育は最初が肝心。鉄は熱いうちに打てがセオリー。千絵子は忠実にそれを実行しました。見物していた野次馬からも、賞賛の声が上がります。

 

 

「やるわねえ、さすが飼育部の部長だわ」

 

「このぶんじゃ、あっという間に本物の犬と同じにされちゃうわね」

 

「ねえねえ、あの仔、震えてるわ。きっと泣き出しちゃうわよ」

 

 

陽子ちゃんは犬になった今の自分の立場をまざまざと思い知らされて、前足をお顔に当ててシクシクと泣き出しました。千絵子はしばらく様子を見ていましたが、どうも泣き止みそうにありません。一つ気合を入れる必要がありそうです。

 

 

「泣き止みなさい! 泣いても何も変わりはしないのよ!」

 

どこからこんな大声が出るのでしょう。閻魔様のような威厳のある声で陽子ちゃんを叱ります。あまりの大声に野次馬たちもビックリです。陽子ちゃんはお目々をまん丸に開いて先輩を見つめます。ショックで涙も止まったようです。

 

 

「それから最後に」

 

千絵子はこの学校での暮らしで一番大切なことを言い聞かせします。千絵子の眼の届かない所で、きっと誰かが陽子ちゃんをいじめようとするでしょう。それを見越しての言い聞かせです。

 

「人間には絶対服従すること。決して逆らってはいけません。基本的に犬は人間に従順なものです。これは基本中の基本だから、しっかり頭に入れておきなさい」

 

 

「仮に理不尽な仕打ちをされても、決して反抗したらダメよ。相手の行為をエスカレートさせるばかりで危険この上ありません。最悪の場合は殺されちゃうかもしれませんからね。大げさに言ってるんじゃないのよ。お前はもう犬なんだから、殺しても器物破損扱いにしかならないの。校舎の窓ガラスを割ったり、木を引っこ抜いたりするのと同じことなのよ。殺されないまでも、指を折られたり、刃物で切られたり、火を付けられたり、顔の形が変わるまで殴られたりすることもあるわ」

 

 

「もしもそういう目にあって、助けてくれる人が近くにいなかったら、足を舐めて降参のポーズをして、ひたすら命乞いをなさい。オシッコを漏らして、許しを乞うて、相手の情にすがりなさい。ある程度ぶたれたりするのは甘んじて受けて、決して抵抗しないこと。天然の犬には鋭い牙や爪の武器があるから戦えるけど、女犬のお前は何の武器も持ってないのだから、反抗しても危険なだけだわ。解ったわね」

 

なんてみじめな処世訓なのでしょう。陽子ちゃんはあまりにもみじめな自分の境遇を、改めて認識させられました。

 

 

「それではここで、お前の新しい名前を教えます。私が昨日、図書館で色んな本を調べて考えました」

 

いよいよ陽子ちゃんの、犬の名前の発表です。

 

「お前の新しい名前はサンデー号です。陽子の陽の文字を外国語に直して付けました。お前は美犬でスタイルもいいでしょう。その雰囲気にピッタリだと思います」

 

 

「サンデー号」の名前が発表されると、野次馬たちから拍手があがりました。評判は上々です。当のサンデーは、どう反応していいか解らないようですが、ちょっと照れくさそうにしているところを見ると、気に入っているのでしょう。

 

「見物されてる皆さんも、サンデーをよろしく可愛がってあげてくださいね。犬としての自覚が足りないと感じた時には、遠慮なく私に報告してください。しつけの参考にしますから」

 

「いいぞ、部長。協力するよ」

 

との声がかかりました。

 

 

(10)初めての調教を受けて

 

 

 

「さて、それではそろそろ飼育小屋に向かいましょう。さあサンデー。ここで服を脱ぐのよ」

 

「え、ここで脱ぐの?」

 

「そうよ。ここで脱いで、丸はだかの四つん這いで飼育小屋に向かいましょう。さ、早くなさい。お前は犬なのだから、いつまでも服を着ていてはおかしいわ」

 

 

「いや。お願い、堪忍して。服を脱ぐのは飼育小屋に入ってからにしてください」

 

「それはなぜ?」

 

「それは、その・・」

 

「私が代りに言ってあげようか。沢山の人たちに、はだかを見られるのがイヤなんでしょ? この中にはサンデーの昔のお友だちもたくさんいるものね。でも明日はどうするの? あさっては? 今ここで、はだかを見せないで済ましても、なんの意味も無いじゃないの」

 

 

「でも、でも、あんまりです」

 

「受けいれなきゃダメよ。お前は犬なんだから。それに辛いことはなるべく早く済ました方がいいわ。その分慣れるのも早いのですから」

 

「部長、私たちが脱がしてやろうか?」

 

面白半分の野次馬が声をかけます。

 

 

サンデーはオズオズとボタンに前足を持っていきます。しかし、薬が効いていて指が動かせないようです。千絵子はサンデーに寄り添うと、前ボタンをはずしにかかりました。あまり抵抗はしませんでしたが、そっと上着を脱がされると、しっかり前足で胸を隠します。それにはかまわず、今度はズボンに手をかけました。今度は少し抵抗がありましたが、本気の抵抗ではないので、お仕置きは勘弁してやります。後足からズボンを抜き取ると、それでもうサンデーは丸はだかです。下着は付けていませんでした。脱がせた服は後輩の部員に焼却炉へ持って行かせます。

 

 

「サンデー、とってもきれいよ。胸をもっとよく見せてごらん」

 

千絵子は必死に胸を隠している前足を掴み、胸から離そうとします。サンデーはギューと力を入れて抵抗します。千絵子はうんと恐い顔をしてサンデーを睨みつけました。

 

「サンデー、メッよ。命令を聞きなさい」

 

 

断固とした口調で言い聞かせます。これからずっと世話をしてもらい、唯一頼りにできる先輩の命令です。機嫌を損ねることを考えたら恐くて、もう逆らえません。サンデーは屈服しました。力を抜き、千絵子に前足をゆだねました。サンデーの胸がその場にいる皆の目に晒されます。サンデーは嗚咽を上げて力なく泣き出しました。千絵子は遠慮なく乳房に触れると身体検査を始めます。

 

 

「いい形に膨らんでるわね。仔犬を生んだら、いっぱい母乳が出そうなお乳だわ。色も真っ白だし、柔らかさも丁度いいかな。まだ年齢も若し、乳腺マッサージを毎日してやれば、もう少し大きく育つわよ」

 

と感想を言います。大きさは並ですが、ふっくらと形良く膨らんだ美しい乳房です。本当に美犬ねえ、という声があちこちから聞こえます。

 

 

千絵子はカバンから新品の首輪を取り出しました。女犬用の丈夫な皮製鍵付き首輪です。学校の備品として購入してもらった、ちょっぴり豪華な品です。あまり安物のみじめったらしい首輪ではサンデーが可哀想なので、可能な限りいい品のものを買ってもらったのです。泣いているサンデーに見せると、怯えた表情になります。

 

「心配することないのよ。これはあなたのお友だちだから」

 

あごを上げさせ、首輪を巻きつけてやりながら言い聞かせます。

 

 

「これからサンデーは数え切れない人たちに、この首輪からのリードを引いてもらうのよ。首輪の感触だけで、右に曲がったり、真っ直ぐ歩いたり、立ち止まったりの命令を受けるの。それが繰り返されるうちに、首輪の感触で、リードを引いてくれる人を連想できるようになるわ。夜、一人ぼっちで寂しい時に、寝返りで感じる首輪の感触で、ご主人様のぬくもりを思い出し、私は一人じゃない、リードを引いてくれるご主人がいるって思えるの。首輪がお友だちっていうのはそういう意味よ。大事になさいね」

 

 

カチリと小気味良い音がして鍵が閉まり、サンデーの首に真新しい首輪が嵌りました。鍵を後輩の部員に渡すと、部室に保管してくるよう言い付けます。おちょぼ口の古風なお顔のすぐ下の細っそりとした首に、クラシック風の高級感あるデザインの皮製首輪が巻きついている図は、まるで用意されていた絵のようです。千絵子は、

 

「似合うわ、とても」

 

と心から言ってあげました。続いて真っ赤な編み込み紐の太いリードを取り付けると、一連の作業は終了しました。

 

 

「準備完了ね。さあサンデー、四つ足で這ってごらんなさい」

 

いよいよ美犬の初めての四つ足歩行が始まるとあって、野次馬が周囲に群がってきます。サンデーは震えながらゆっくりと、四つん這いになっていきます。膝付きの四つ足姿勢を取り終えると、どうですか、という表情で千絵子を見上げました。

 

 

「だめよ、そんなんじゃ。女犬の四つ足は膝を付かないの。思いっきりお尻を上げて、膝を真っ直ぐにしてごらんなさい」

 

「ああ、そんな」

 

「早くしないともっと人が集まってくるわよ。どの道、出来なければ出来るまでやらせるのが私の方針だから。恥ずかしいのは解るけど、やらなければいつまでたっても終わりはしないの。そこの所を早く理解しなさい」

 

 

野次馬から「恐え〜」の声が聞こえます。追い詰められたサンデーは目をつぶってお尻を上げ始めました。不恰好にバランスを崩しながら、命令通りに膝を伸ばしきります。

 

「そんなにピッタリ後足を閉じていたらバランスが取れないでしょ。それじゃ立つことはできても歩けはしないわ。思い切って後ろ足を開いてごらん」

 

「そ、そ、そんな、そんな、そんなこと、できません。今日はもう許して」

 

 

後足を開けば、恥ずかしい性器が丸見えになってしまいます。なんとかそれだけは許してもらおうと頑張るサンデーですが、突き出しているお尻のホッペを「パアン」と平手打ちされてしまいました。

 

「イタァーイ、アーン」

 

「命令が聞けなければ、お仕置きすると言ったでしょ? お前はもう一息で、畜化の最初の一段目の階段を登れるのよ。ここが頑張るところです。さ、頑張って足を広げるの。広げられるまで、こうして打ってあげるから」

 

「パアン」

 

「アア、アアーン」

 

「パアン」

 

 

ついに足が少しずつ広がり始めました。お尻を叩かれて痛い思いをすれば、どんなことでも出来るようになると言われたのは本当だったんだと、サンデーは思いました。痛みから逃れようと、恥ずかしいのも忘れて足が開いて行くのです。いつの間にか具合のいい角度まで足が開きました。千絵子は叩いて赤くなった部分を撫でてやります。その優しい愛撫に、サンデーは「ああ、やっぱり先輩は優しい人なんだ」との思いを新たにしました。

 

 

「いい具合ね。可愛い性器が丸出しになったわ。さ、この格好のまま歩くのよ。リードを引いてあげるからね」

 

ヨタヨタという感じで、サンデーの四つ足歩行が始まりました。野次馬もみんな付いていきます。生まれて初めての四つ足歩行。しかも足の怪我の後遺症でビッコも引いているとあって、あっちにヨロヨロ、こっちにヨロヨロとたいへん時間がかかります。一七〇センチの長身の上に後足が長いので、立ち止まっている時の見た目はたいへん美しいのですが、バランスを取って歩くのは難しい、という事情もあります。これはスムーズに歩けるようにしつけるのはちょっと大変だぞと思いました。それでもなんとか無事に飼育小屋まで引いていくことが出来ました。

 

 

「みなさん、最後まで付き合ってくれてどうもありがとう。今日のサンデーは頑張りました。少し休憩をさせてやろうと思いますので、皆さんはどうぞ解散してください。明日も続きをしますので、よろしければまた見学してやってください」

 

野次馬にそう言うと、千絵子はリードを引っ張って、小屋の中にサンデーを入れてやりました。

 

 

 

「第一章 千絵子の場合」 完

 

 

 

 

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