古都の冬、
ただでさえ侘びの美を誇る佇まいを更に引き立たせる季節。
大口取引の為に来日している、日本贔屓の外国人バイヤーもその美しさに嘆息を漏らす。
「鈴木サン、日本は本当に美しい・・・。この厳かさに侍Spiritの厳しさを漂わせている。」
「・・そうですね。」
「必要以上に己を飾らず、日本人の潔さが顕れている・・・。」
「ボブさん、一日一生という、お言葉をご存知ですか・・・?」
鈴木は流暢に日本語を操るバイヤーに問いかけた。
「・・・いえ、どういう意味ですか?」
「『いつでも死ぬ覚悟が出来ている、今日、今死んでも悔いが無い。』という意味です。」
「オォ、まさに侍Spritsですね。確かに昔、侍は腹切りをしたといいますね。
まさか、現在のJapanでそんなことができる人間はいないでしょうけど・・・。」
「いや、高名な作家が・・・昨日行った「金閣寺」という小説も書いた人物がそうです。」
「しかし・・・、現代にはいないでしょう・・・?」
「・・・お見せしましょうか?」
「えっ・・・まさか・・・?」
「恵子っ!」
「は・・・はいっ!」
庭の向こうから、細く透る返事と共にほぼ全裸の女性が格子戸を頭で押して、雪の降り始めた砂利の上を四本足で犬のように駆け入ってきた。
そして、二人が立つ縁側の前までくると、股を開き尻を浮かせてしゃがみ込み、両手は両足の少し前方に揃えて置く、犬の待てポーズをした。
「オ〜ッ、奥様じゃないですかっ?」
「・・・は、はい・・・お久しぶりです・・・。」
恵子は以前会ったことのあるバイヤーに、この様な姿で逢うことに頬を染めながら会釈した。
「あのな恵子・・、ボブさんが切腹を見たいと所望なさっている・・・。」
「・・・・っ・・・え・・・?」
恵子は狼狽した、鈴木が何を言ったのかわからなかった。
「腹切りだよ・・・出来るな・・・?」
「・・・え、あ、あの・・・。」
突然の割腹命令に恵子の動揺は激しく、ご主人様と外国人バイヤーの顔を何度も見つめ返した。
しかし、ご主人様の顔は冗談を言っている顔ではなかった。
「・・・出来るよなっ?!」
漸くご主人様の命令が理解できたが、その返事は震えていた。
「は・・・は、は、はい・・・・。
ご、・・ご、ご主人様の、め、めい、命令は絶対で・・す・・。」
お客様の前でご主人様に恥を掻かせるわけにはいかない、恵子は恐怖に戦きながら奴隷の心得を述べた。
「よしっ、よく言った。・・・・・おいっ、佐々木っ!」
「はっ!」
座敷の奥から低い声の使用人の佐々木の返事が聞こえ、すぐに縁側まで駆け寄り、片膝を着いた。
「介錯してやれ・・・。それと恵子に脇差を用意してやれ。」
「はっ!」
佐々木は一度、部屋の奥に戻ると、
愛用の太刀と脇差を携えて再び鈴木の脇に片膝をつき、そこに控えた。
そして鈴木はおもむろに脇差を取り、抜き身を払った。
「・・・ふ・・ん。」
頷きながら刃紋を眺める鈴木の傍らでボブは緊張を紛らす為か震える手で葉巻を取り出した。
「・・い、いいかね・・?」
葉巻を人差し指と中指ではさみ、鈴木に喫煙の許可を求めた。
「・・・ちょっと、拝借。」
鈴木はボブから葉巻を受け取ると、その端を抜き身に軽く当てた。
『・・・ポトッ』
雪がしんしんと降り積もる庭園と広い縁側に葉巻の端が落ちた音が響いた。
「・・・どうぞ。」
鈴木は葉巻をボブに渡した。
「・・Tha・・Thanks・・」
ボブは指を震わしながらそれを受け取った。
「・・・佐々木・・・、よく手入れしてあるな・・・。」
「はっ!ありがとうございますっ!」
必要以上に大きな声が緊張した空間に響いた。
鈴木は抜き身を鞘に納め、佐々木に渡した。
そして、顎で恵子に渡すように促した。
佐々木は縁側から庭に降り、犬の待てポーズをしたままで待つ恵子に脇差を差し出した。
恵子の身体は縁側に立つ二人が見て分かるほどにがくがくと震えていた。
「恵子っ、ほらっ、受けとれっ!」
去年まで奥様と呼んでいた佐々木に脇差をその柔らかい頬に突きつけられ、受け取ろうと右手を持ち上げたが、握り締めた指が開かない。
「・・・ご、ご、ごめんなさい・・・、ゆ、ゆ・・指がひ、開かな・・開かない・んです・・・。」
佐々木は寒さと緊張で硬直した恵子の指を、一本一本開き、脇差を握らせた。
カチャカチャと中子鳴らす音が恵子の恐怖を伝えた。
「・・・恵子、正座しなさい。」
「は、はい・・・。」
ご主人様の命令で恵子はゆっくりと震える片膝を下ろし、もう片方も横転びしそうになりつつも降ろすことができた。
「・・・ん、よし、じゃ、・・・やりなさい。」
「・・・は、・・・は、は、はい・・・」
震えながら、鞘をゆっくりと抜き払った。
「・・・い・・・つっ!」
震えた指が抜き身に触れ、恵子の赤い血が一滴、雪の積もり始めた石砂利に落ちた。
「よく、切れるからな・・・、気をつけろ・・・。」
「・・・・・は、はい・・・。」
ご主人様の命令で殉ずることは奴隷にとって本望・・・
そう思いつつも、つい10分前まではこの様な事態は予測できなかった。
まさか、突然こんなことになろうとは・・・躊躇しつつも、脇差を両手で逆手に握り返し、腹部の前方に突き出した。
背後の佐々木が真剣を抜き、大上段に構えた。
『ごくっ・・・』、
ボブの固唾を呑む音が響いた。
「・・・やれっ!」
「・・・はっ、はいぃっ!ご主人様、ありがとうございましたっ・・・!」
恵子が叫びながらその白い下腹部に脇差を突き立てたと同時に、
「きええぇぃっ!」
佐々木の怪鳥のような声が響き、大刀が振り下ろされた。
「・・・・・ひっ!」
ボブはその瞬間、顔を伏せ目をつぶった。
そして、ゆっくりと目を開いた。
そこには、佐々木が恵子の首すれすれで寸止めをしている姿が見えた。
とうの恵子は正座のまま、ゆっくりと横倒しになり、気を失っているのか、石砂利に伏せると、そのままピクリとも動かなかった。
そして、下腹部からの血はみとめらなかった。
「・・・す、鈴木サン・・・、これは・・・?」
「いや、すまない、ボブさん・・・。
あの脇差、先端が切れないように加工してあったんですよ・・・。」
「・・・そ、そうだったんですか・・・?
いや、いいものを見せてもらえました。一日一生、覚悟のほどを・・・」
「・・・ありがとうございます。」
石砂利の上に横たわる恵子の頬に一筋の涙がこぼれていたことを二人は知らない。
けれども、満足そうな微笑を浮かべた横顔と白い裸身は降り積もる雪と合間見えてこの世のものとは思えないほどに美しかった。