「永遠」


愛果



 第1章 その始まり


霧枝は、薄暗いホテルの部屋にゆっくり吸い込まれるように入って行った。

先に入った男からわざとやや遅れるようにして。

だけどそうするのは男が嫌いな訳では勿論ない。照れていたのだ。

霧枝は恋しくてたまらない男には少女のように躊躇っていまう癖があった。

部屋に入ると、男は落ち着いた物腰しでソファに腰掛けた。そして霧枝をじっと見つめていた。

背が高く大柄なその男は、軽い口調の裏に、心の何処かに「嵐」を待つ夜の海のような孤独を抱えている深い目をしていた。

その男の目が今、自分を真直ぐに見つめていた・・見返すことなど出来る筈もなく・・

霧枝は男から離れたまま自分の上着をぎこちなく脱ぐと、やっと小さな声で

「お風呂を先にいれますか・・?」

とこわごわ尋ねた。すると男は、

「ああ…」

目の色はそのままに、口元だけ緩やかな微笑みを浮かべて静かに答える・・

その微笑みに簡単に心を釘付けにされてしまう自分を隠すように、背を向け、

「今、準備します」

ドアを閉めると、急き立てられるようにストッキングとパンティーを脱ぎ、ワンピースを取り去った。

急ぐ要素は何もないと言うのに・・。あるとすれば男を欲しがっている自分の躯だけ・・。

ドアの向こうからでも男の視線を感じるようで、躯の芯が熱く、熱く、火照ってくる・・

「ああ・・・」

片足ずつ床に膝をつき、溜め息をつく・・彼が欲しい・・・

目を閉じて・・期待と恐れを抱きながら慣れない手付きでバスのお湯を湯舟に注ぎ始めた。暗い風呂場に煙りが立ち上り、まるで別世界のようだ。

何が欲しいのか、どうしたいのかこの煙りを眺める度に不思議な気持になった。

ただただ、 霧枝は何かを待ち受けていた。何かとは深い目の色をした男であった。

男の名は「彰」だった。

  

第2章 バスルーム




ボディ・ソープを備え付けのスポンジに含ませ、くまなく自分の躯を磨きあげると

わざと泡を肌に残したまま霧枝は浴室のドアを開けた。

湯気が室内に洩れて、それがまるで霧枝の「 欲情」をそのまま伝えるかのように男の元へと流れて行く。

流れて行く煙りより先に男の元に「想い」を伝えたくて、精一杯高い声を出した。

「お入り下さい・・」

男がゆっくり霧枝の居る浴室に入って来た・・その姿は落ち着き冷静そのものだ・・

「背中から洗いますね・・」

そう言うのがやっとだった。恋しくてたまらない男の背を目にして
抱きつきたい気持を堪え、想いを右手に封じ込めてゆっくりと洗い始めた・・

男は何も言わず、目を閉じて浴室のイスに腰掛けている。

霧枝の胸の内を知ってか知らずか、それはわからなかった。

首から・・耳たぶの裏・・自分の舌を這わせる代わりに、霧枝は男を洗って行く・・

「いかがですか・・?」

「ああ…いい気持だ…」

男は素っ気なく答える。

その答え方すらただ愛おしく、もうこれ以上は出来ないというくらい優しい声で

「気持がいいですか・・?」

と、続けた・・。手は撫でるように男を刺激して行く。

霧枝は自分の胸につけたボディソープを彰の背中にこすりつけるようにし、

たまらず、広い背中から男の胸に腕を回した。

男は構わずじっとしている。

「前を洗いますので、こちらをお向き下さい」

湯気の立った室内で、彰がゆっくり霧枝の方に向き直った。

驚いたことに彰自身は既に硬く、大きくなっていた・・。


それを目にして霧枝は躯の芯が疼きはじめ、心のボタンが唐突に外れた。


「ああ……あなたが…欲しい…」

その想いを口に出す代わりに、全身をスポンジ代わりに彰にこすりつける。

正面から抱きついて・・自分の裸身で洗って行った。・・

「ああ……」

床に打ち付けられている水音が、だんだん遠くなって行くようだ。

この男をを何故これほどまでに求めてしまうのか、理由が何処にあるのかそれはわからない。

「男性自身」にはソープは使わず、丁寧に手で洗った。

愛している……。けどそれを口にすることは出来なかった。

湯気が立ち篭める浴室の中で、シャワーの音だけが霧枝の心を代弁するかのように、

間断のない温もりと快楽を彰の肉体に浴びせかけていた。

そそり立つ「彰自身 」をどうすれば良いのかすらわからずに、遠慮がちの尋ねる・・

「どうされますか・・?」

既に涙目になり、闇を怖がる子供のような声で・・。彰はそれでも

「どうしたい?」

と口元だけに微笑をたたえて優しく尋ね返して来る。

黙って俯く霧枝に、彰は言った。

「言えないのか?」

彰はさっきよりも嬉しそうな顔をしていた。



第3章 サディスト




埃っぽい見慣れた町並みを、 今朝も同じように車で走っていた。

運転には自信があった。車は嘘をつかない。手をかけた分だけ意のままに動いてくれる・・

こんな風に意の侭に動いてくれる女がいたら・・

俺だけを求め、俺だけに尽くしてくれる存在・・
決して逆らわず、抵抗しない・・

信号が赤になり、急いでブレーキをかけた弾みで助手席に置いて居たカーディガンがシートから落ちた。

霧枝の忘れものだった。

「不思議な女だな…」

彰は腕を伸ばし、薄い色味のフワっとした衣類を拾い上げた。ふと女の肌の余韻が手の中で蘇る。

その感触を遠ざけるように、傍らのドリンクスタンドに置いた煙草の箱から一本抜いて、気に入りのzippoを擦り火を付けた。

彰は相容れない二つの感情を抱えていた。自分の中でそこだけが唯一、自分で認められない部分でもあった。

ゆっくりと吸い込み、煙りを吐き出した。確かなものは、火を付けるときに擦った指の感触だけだった。

「もっともっと見せてみろ・・・」

口の中で彰は呟き、車を発進させた。それでもいつもよりも心は軽かった。




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