玄関に出たときさめた頬がまた染まる。
二郎が、冬子の身体のサイズを測り、イギリスに注文した品物が届いたのだ。
2
H市に『茶道倶楽部』という名の、男性の趣味の同好会がある。会員は約30人。お茶を楽しむ会ではなく、SMのサドの趣味を同じくする者の集まりである。その職業は二郎と同じ中小企業の経営者、医師、教師、不動産業や金融業など。二郎は今その会の幹事の一人である。
倶楽部ハウスとして、会員が出資して建てたSMホテル『茶道の館』がある。M河畔に立地する6階建て、外観は石造り、扉や窓は鉄製で中世のお城を思わせる造りだ。1階がガレージ、2階から5階までが客室で、女を責める様々な設備や器具を揃え、サドの男性を歓ばせる部屋である。
会員はもちろん部屋の利用は無料である。二郎と冬子の夫婦も、夏美が大学に進学するまでは、自宅でプレーするわけにゆかずこの館を毎週利用していた。
そして、6階のみ『茶道倶楽部』の専用フロアで、事務局や例会を開く大広間といくつかの控え室などがある。
例会は月に1回開かれる。テーマは高名な縄師を呼んでの女の縛り方教室や、女を売買する模擬奴隷市などその都度趣向を凝らしたものである。
会員がこの例会に出席するにはルールがある。必ず女を同伴すること。そして女は必ず最低後ろ手に拘束することと、所有者の名札をつけることである。
会員は自慢の愛奴を皆に披露するのであるから、自宅から縛って連れてくる人も、控え室を使う人も入念に女を縛り大広間に連れ出す。しかし、会場の料理やお酒を並べたそれぞれのテーブルには椅子は会員用しかない。女たちは壁に取り付けた環に繋いでおくか、椅子のそばやテーブルの下の床に座らせる決まりである。
先月の例会は、イギリス人夫婦を招いての『ポニー・ガール・プレイ』であった。
冬子は、この日自宅から、裸身に厳しく菱縄をかけられてきた。車から降りても、股間にかけられた縦縄に責められて早く歩くことが出来ず、二郎に叱られながら6階まで来た。
この日、大広間のテーブルは撤去され、椅子は壁際に並べられて部屋の中央に広い空間が出来ていた。早く来た会員達は、特設されたバーカウンターで飲み物を受け取り、あちこちに輪を作って談笑している。女たちは首輪に繋がれた鎖や、身体を縛った縄から伸びる縄尻を主人に持たれ床に俯いて座っている。
冬子も、二郎に縄尻を持たれ、追われるように会場に入る。二郎はバーでグラスを受け取り、会員たちに挨拶を交わしながら壁際に行き椅子に座る。
「ここに座れ」
二郎は自分の膝の間の床を示す。
「はい」
冬子は座りかけるが
「うっ」
といって動きが止まる。股間の縦縄がきつく食い込んだのだ。
「どうした」
「あそこに縄が食い込んで座れません。お願いです。少し緩めてください」
冬子は頭を傾げて、長い黒髪の間から、涙を浮かべた瞳で二郎を見上げる。
「大丈夫だ。あそこが裂けはせん。我慢しろ」
冬子はそろそろと腰を下ろす。縦縄が股間に食い込み見えなくなる。
――ああきつい。あそこが濡れていれば我慢できる。でも、縄に水分を取られて、動くと皮が剥けそうになるんです。助けて……。
揃えた冬子の膝に涙が落ちる。
そのときロビーから鈴の音が聞こえてきた。
だんだん鈴の音が大きくなる。
ロビーに通じる開いた入り口から馬車が会場に入ってくる。馬車ではない。曳いているのは女性だ。磨きをかけた馬具で飾ったポニーガールである。脚を腰近くまで上げ、胸を張って、御者を乗せた2輪の馬車を曳いている。広間の中央まで来たとき手綱が引かれる。ポニーガールの顔が後ろに引かれぴたりと止まる。
「冬子見てるか」
股間の痛みに神経を集中していた冬子は顔を上げる。涙でかすんだ眼に一人の女性の姿が映る。はっとする。
顔には馬がつける馬ろく。口には太いはみを嵌められ、はみの端にある環から手綱が御者の手まで伸びている。鼻からは鼻輪が下がり、首には太い首輪。その首輪に鈴が付いている。両手は後ろ手に高く締め上げられ、飛び出した乳房。乳首のピアスにも鈴。腰はきついコルセットで締め、後ろに尻尾が付いている。馬車はコルセットの横に付いた環に繋がれている。股間は縦に伸びるベルトで締め、脚には膝上まであるブーツ。つま先は馬蹄の形をしている。すべての装具が黒い皮で統一されている姿が眼に入った。
――美しい……。
冬子は思った。
そのとき御者が両手の手綱を動かす。再びポニーガールが脚を高く上げ馬車を曳き始める。御者が右の手綱を引く。ポニーガールの顔が右に引かれる。カートが右旋回する。御者の声がかかる。ポニーガールの尻に鞭が踊る。トロットになる……。手綱が強く引かれる。ポニーガールはぴたりと止まる……。
ショーは1時間にわたった。ポニーガールに馬車を曳かせるカートプレイ。背に鞍をつけて騎手を乗せるライジングプレイ。ポニーの調教振りや美しさを見せるショープレイなどで参加者を魅了した。
終了後、司会者から二人の紹介があった。男性はアンソニー50歳。ポニーガールは妻でメアリー48歳、調教暦25年。故国ではポニープレイは社会的に認知され、妻に馬車を曳かせて街にショッピングに行くこともあるとのこと。
冬子は、股間を責める縄のことを忘れショーに見入っていた。
――羨ましい。自分の身体なのに、自分の意思で動かせない。動くことが出来るのは主人の命令を受けたときだけ、それも手綱と鞭で……。
冬子はメアリーさんが羨ましいと思った。自分も主人の意思でだけ動くポニーになりたいと思った。結婚以来二郎に従ってきた。冬子の身体は縛られること、責められることに慣らされ、二郎が悦ぶことが自分の悦びでもあった。しかし、今日の二人の姿を見てはっと気がついた。今までの冬子には言葉があった。痛いとき、辛いとき、苦しいときには二郎に訴える言葉があった。
だが、主人と馬の間には言葉がない。意思の伝達は主人から馬への一方通行で、それも手綱と鞭である。馬から主人への意思の伝達手段はない。疲れていても、喉が渇いていても、お手洗いに行きたくても主人に訴えることが出来ない。ただ、手綱の動きと鞭に従うだけの動物になる。これが 究極の、女の主人に対する愛だと思った。
3
その夜の北山家の寝室である。帰宅後、冬子は一度縄を解かれて食事、入浴したあと、再び後ろ手に縛られて、ベッドで二郎を受け入れていた。
北山家のセックスは、結婚以来必ず冬子を後ろ手に縛って挿入する。いつもは持続時間の長い二郎も、今日のショウから興奮していたらしく、程なく冬子の身体に大量の精を放った。
満足した二郎が、冬子の身体の上から降り仰向けになる。冬子は縛られて不自由な身体を起こし、二郎の下半身に上体を倒す。濡れた二郎の物を口に含む。縛られたままの冬子は、二郎の射精後の後始末は口でするように躾られている。
冬子は二郎の物を清めると、自分の始末にお手洗いに立つ。北山家には、後ろ手や足でも使える設備があちこちにある。ビデ、水道の蛇口などもそうである。
ビデを使って寝室に戻った冬子は二郎の傍にそっと横になる。二郎は左腕を冬子の首の下に伸ばし、腕枕をして抱き寄せる。冬子は頬をそっと二郎の胸に乗せる。
二郎は一度射精した後も、一眠りしてまた求めるつもりのときは冬子の身体を縛った縄は解かない。
「今日のメアリーさん綺麗だった。仲良しのご夫婦で羨ましかった」
「おいおい、俺たち夫婦は仲良しじゃないみたいに聞こえるぞ」
「そういう意味じゃないんです。彼女がご主人を信頼して、自分の身体を100パーセント預けていることです。今、私は縛られていますけど、両手以外は私の意志で勝手に動かすことが出来ます。でも彼女は自分の意思では動かせないんです。進め、止まれ、右、左すべて主人の命令があるときだけです。それも号令、轡に付いた手綱の動きを唇に受けたとき、お尻に鞭を受けたときだけなんです。」
「うん。アンソニーさんへの愛情がなくては出来ないだろうな」
「はい。私は今口が利けます。辛いから縄を解いてくださいとお願いできます。いえ、例えばです。貴方が、今夜もう一度お求めになるのは解っていますからこのままでいいんです。しかし、はみを付けられた彼女にはご主人に訴える言葉がないんです」
「冬子も、彼女のようにして欲しいのか……」
「はい。完全に貴方の持ち物にしてください」
「アンソニーさんが、希望があれば、女の身体につける馬具を造ってくれるところを紹介するといっていた。早速話してみよう」
話しているうちに、二郎のものは回復してきた。
二郎は起き上がり、冬子の身体を抱き起こしうつ伏せにする。冬子は顔と両膝の三点で身体を支える。
「冬子は可愛い雌馬だ。後ろから交尾するぞ。種付けだ。可愛い子馬を生め」
二郎は冬子の背中の縄を手綱のように持ち、上体を引き起こしながら挿入する。
「ああ、嬉しい……。貴方の雌馬にしてください。種付けをしてください。ああ、たくさん注いでください……」
4
北山家に、イギリスから荷物が届いた日の夜である。
地下室から、号令、馬蹄の音、鞭の音が聞こえる。
部屋の中央に立つ二郎が手綱と鞭を持ち、繋がれた冬子が、手綱の長さだけの円を描きながら回っている。
冬子の顔は馬ろくとそれに付くはみを咬まされ、両手は後ろ手に皮ベルトで締め、ウエストのコルセットとあいまって乳房が前に突き出している。脚は爪先が馬蹄形をした膝上までのブーツ。皮の馬具はすべて黒で統一してある。そしてアヌスに挿入したプラグから尻尾が下がり動くたびにゆれる。
今日の調教は、ポニーガールの調教の成果と美しさを競うショープレイの基礎だ。
まずサリュート。ショーの開始と終了時の姿勢である。はみを強く噛みしめ、顎を引き乳房を前に突きて出し不動の姿勢をとる。
次がウォーク。腿を地面に水平になるまで持ち上げて歩く。これがポニーガールの基本的歩きかただ。冬子にとって初めての歩き方で、5分もすれば腿が下がり二郎の叱声と鞭がとぶ。鞭が当たると、冬子ははっとして腿を高く持ち上げるが長くは続かない。今日の1時間の調教はこの繰り返しだった。
「ホールト」
二郎の号令がかかる。止まれだ。
ふらふら歩いていた冬子が立ち止まる。
「サリュート」
次の号令で、冬子の身体が不動の姿勢をとる。
「よし。初めてだから今日はこれくらいにしよう」
二郎が言ったとき、突然冬子の身体が床に崩れ落ちる。
あわてた二郎は、とんで行き冬子を抱き起こす。冬子は腰をがくがく揺すっている。
「どうした。冬子」
二郎は馬ろくの尾錠をはずし、冬子の口からはみを外す。
冬子は腰をますます激しく揺すっている。
「貴方。気持ちいい。いきそうです。ごめんなさい。いかせてください。いきます……」
冬子はそこまで叫ぶと、二郎の腕の中で気絶した。
「ああ。びっくりした」
二郎はほっとする。そして、冬子の尻尾を抜き、身体を締めている腕のベルト、コルセットの尾錠を外しそっと脱がせる。
そのとき冬子が眼を開ける。
「私、どうしたんでしょう」
「何言ってるんだ。一人でいったくせに。びっくりさせて」
「あっ。ごめんなさい」
冬子は、自由になった両手で二郎の首にしがみつく。
「私、馬具で身体を締められて、これで完全に彼方のポニーになれた嬉しさと、お尻に入っているプラグに……歩くたびに刺激されて……貴方、ごめんなさい。ごめんなさい。一人でいって。許してください……」
「これから毎晩調教する。明日からはちゃんとするんだぞ」
「はい」
5
1ヵ月後、二郎は『茶道倶楽部』の例会で、ポニーガールの調教の成果を披露することになった。
もう一人妻をポニーガールに調教している海野大輔と妻の志野も一緒だ。
当日、冬子は控室で、二郎の手で裸身に馬具を装着された。頭には馬ろく。口には太いはみ。首には鈴の付いた幅広の首輪。手には蹄の形をしたグローブ。背には鞍。股間には尻尾の付いたT型のベルト。脚には膝上までのブーツである。
二郎は装着が終わると冬子を這わせ、手綱を付けてロビーに連れ出した。そこには、すでに同じように馬具を装着された志野を這わせ、手綱を短く持った海野大輔が立っていた。
二郎は冬子を引いて海野に近づく。
冬子は志野を見る。志野も、この前と同じ濡れたような瞳で冬子を見つめ何か話したそうにしている。二人の頭上では男たちが楽しそうに話しているが、ポニーになった女たちは、口にはみを噛まされていなくても人間の言葉は禁じられている。
以前の例会で、冬子が壁の環に繋がれたとき、隣に繋がれていたのが志野さんだった。年は冬子より少し上か。華奢な身体に厳しく麻縄がかけられているのを見て、自分のことを忘れ痛々しく思ったものだ。
俯いていた顔を上げ、冬子を見つめる。濡れたような悲しそうな眼だった。
<女って哀しい生き物ですね>
<……>
<私。海野志野といいます>
<あ。すいません。北山冬子です>
<ですが、今は志野ではありません。首から下がっている名札のとおり、主人、海野大輔の所有物でしかありません>
<……>
<私も独身のときは、自分で、自分の楽しみを見つけていました。でも、結婚してからは主人の楽しそうな顔、嬉しそうな顔、満足そうな顔を見てそれを女の歓びにせよと躾けられてきました。今日も、主人たちを満足させるために、女たちは縛られて辛い思いをしていなきゃならないんです>
<……>
――でも、私は二郎さんが喜ぶならどんなことをされても嬉しい。私は、轡を一日中付けていて欲しい。進め。止まれ。右。左。一日中、二郎さんに命令していただきたい。だけど、志野さんは可哀そう……。
そのとき冬子はそう思った。
二人と二頭はロビーで参加者を迎えた。
縛った女を連れた会員たちは、冬子と志野を見て、口々に賞賛の言葉をかけて会場に入る。
全員がそろうと、冬子と志野は主人を鞍に乗せて会場に入る。全員が拍手で迎えてくれる。
その後、ショウプレー、カートプレーを交互に披露して、今日最後のメインイベントである。
冬子と志野は会場中央に這わされる。見物客も参加して、二頭のポニーの前に回り、手綱を短く持って顔が動かないようにする。
キャスターに乗せた炭のおこった炉が持ち込まれる。火に何本かの鉄棒がさしてある。
顔をしっかりつかまれた冬子は、振り向いてみることは出来ないが、気配でいよいよ始まることがわかる。昨夜の二郎との会話が思い出される。覚悟はしてきたが身体が震えてくる。
ベッドで二郎が、何時ものように、後ろ手に縛った冬子の身体を弄んでいる。
「明日のポニーガールショーの最後に、海野さんと相談して特別イベントをすることにした」
「何ですの」
下から、二郎の顔を見上げながら冬子が聞く。
「実は」
「実は……」
「冬子と志野さんのお尻に焼印を押すことした」
下から見上げる冬子の眼がきらきらしている。
「怖いか」
「ちょっと怖いけど、付けてください」
「いいんだな」
「ご主人様の癖に何を言ってるんですか。本当は、私からお願いしなくてはいけなかったことです。私は貴方の愛馬ですよね」
「勿論」
「愛馬なら、ご主人様のイニシャルの焼印をお尻に付けているのは当たり前ですわ。焼印があれば、貴方が私をお嫌いになって売りに出されても、前のご主人様の焼印が付いた馬なんて買ってくれる人はありません。私、安心です」
「こいつ。可愛い愛馬を売りに出すもんか」
「嬉しい……」
二郎と大輔が、炉から、自分のイニシャルの入った焼印を取り上げる。
轡を持った会員に頷く。
二人は焼印をポニーの左のお尻に押し当てる。
「ギャー」という声とともにポニーの身体が飛び跳ねる。
見ていた女たちの悲鳴が広間にこだまする。
6
帰りの車の中。助手席にリクライニングを倒し、冬子はうつ伏せになって乗っている。
「よく我慢したな」
二郎が、運転しながら、横目で冬子を見て言う。
「痛かったけど、これで冬子は安心です。こんな焼印の付いた女は誰も相手にしてくれません。一生貴方に繋いでいていただきます」
二郎に向けた冬子の顔は嬉しさに輝いている。