<小説> 相撲部屋の少女

作・室井亜砂二

 国技館が蔵前から両国にうつってから、大相撲は横綱千代の富士が圧倒的な強さを誇っていて、他の大関陣を寄せつけませんでした。しかし元気いっぱいの保志や、大乃国、北尾、小錦などの大型力士も追い上げてきているので、毎場所目がはなせません。つい家事の手を止めて、テレビに見入ってしまいます。

 勝って得意げに太鼓腹をゆすって引き上げる力士、土俵に転がり、砂まみれになって口悔しそうに引き上げる負け力士などをみておりますと、8年程前、私が高校生時代の1年間をすごした、女子相撲部での生活が懐かしく思い出されてくるのです。 



 外交官の父が、母と一緒に任地のアメリカに行ってしまった年、私は一人で日本に残って高等学校に進学いたしました。

 私が入学した私立桃陰学園は、東京でもスポーツの盛んな学校として有名でした。だから自ずと学内では、運動部の選手や応援団員達が巾をきかせていて、中でも全国大会で何度も優勝している女子相撲部は、先生方も一目置かざるをえない特別待遇視された存在でした。

 それを良いことに上級生の部員達は、部室外でも稽古まわし一本で、豊かな乳房をプルプルふるわせながら学薗内を我が物顔にのし歩いていました。そしてもし笑ったりする女生徒をみつけると、たちまち取り囲んで部外稽古と称してリンチにかけたり、恥ずかしがって眼を伏せる一年生の男子生徒をからかったりしていました。

 新入部員の勧誘も強引で、これはと思う新人を見付けると授業中の教室まで乗り込んで来て嫌がる少女を無理矢理部室に連れこみ、強制的に入部手続きをさせたりしました。

 そして相撲部員向きの体格頑健なスポーツウーマンタイプの少女達とは別に、上級生達のサディズムを満足させる為だけの、お相撲などという荒々しいスポーツとは縁もゆかりもなさそうなお嬢さんタイプの可愛らしい美少女を毎年、何名か強制入部させるのが常でした。もともと内気な私が、そんな彼女達に目を付けられてはどうすることも出来ません。下校時の校庭で突然、トレーニングウェアの大女達に囲まれて、担ぎ上げられるように相撲部の稽古部屋へ連れ込まれました。

 竹刀で威され、頬を二、三発張られると、それまで親にさえ打たれた事の無かった私は、震え上って入部申込書に署名をしてしまいました。この学園では一度入部すると後一年間は、どんな理由があろうと退部する事は出来ないのです。



 署名が終ると、すぐその場で身体検査が行われます。稽古場の広い土間の真中で、制服を脱いで裸になるように言われました。

 周囲をすっかり大柄な上級生に取りまかれていては、とても逆う事など出来るものではありません。身の縮む思いでセーラー服を脱ぎ、スカートをおろし、下着までとり、ついにはこれだけはと思っていたパンティ迄も脱がされて、生っ白い全裸になり直立いたしました。

 正面の畳敷きの席にはゴリラのような巨体のキャプテンが腕を組み、股を広げてドッカリ座っています。その両側にふんぞり返るように座っている十名程のトレーニングウェアの女たちが三年生、つまりこの女子相撲部の神様達です。私のまわりを取り囲むのは、日に焼けた逞しい身体にマワシを締め込んだ二十名程の二年生で、言わば下士官達です。直接私達奴隷である新人生をシゴクのは主に彼女達の仕事です。

 手にした竹刀の先端で、次々と私の身体の恥ずかしい個所をつついては、答えようもない淫らな質間をいたします。

 お乳のふくらみや、下腹部の繊毛を突かれながら、男性経験やオナニーの回数などを聞かれ、返答出来ずに真赤になって立往生していると、たちまちまわりから罵声があびせられます。ついに直立不動の姿勢のまま、しやくりあげてしまうと、ドッと嘲笑の声が起こりました。

 その日から私の地獄のような日々が始まったのです。



 女子相撲部員は全員学園内の寄宿舎に住み込む規則になっているので、早朝四時に目覚し時計のベルが鳴った時から新入り奴隷部員の生活が始まります。

 長かった髪の毛は頂でまとめて、茶筅髷のように縛って先を斬り落されています。衣服を身に着ける事は、学外へ外出する時と授業に出席する時しか許されていません。トレーニングウェアを着られるのは一年生ではレギュラーになれる強い人たちだけです。

 だから私ともう一人の奴隷部員は、いつも丸裸に褌一本締めただけの姿で過します。その褌も他の部員達のような巾広の稽古まわしを締めることは許されていません。商店街などでお中元や年末にサービスでくれる丸山米穀店とか、魚正商店とかと名前が刷り込まれているあの日本手拭いを縫い合せた物を、滑稽にも文字が正面に見えるように、六尺褌式に締めるのです。

 しかしこの布は柔かいので、何度か水を通すとガーゼのように目が透けてきます。そして使っているうちに、細くよじれて紐のように股間に喰い込んできますので、秘所を蓋う役目はほとんどはたしません。一本の紐状の前立褌の両側から、恥ずかしい陰毛を黒々と覗かせて学園内を用達しに走りまわらなけれぱなりません。

 運動部内だけならまだしも、先輩の言い付けで教員室の顧間の先生までメッセージを伝えに行く時などは特に辛い思いをします。学生服の一般男子生徒やセーラー服の級友たちが楽しげに屯するキャンパスの中を、この恥ずかしい褌姿のまま顔を真赤にして駆けぬけるのです。

 相撲部の上級生部員には決して逆えない一般の生徒達も新入部員、特に私のように慰み物になる為だけに相撲部にいる奴隷部員に対しては、情容赦なく嘲笑いたします。普段、相撲部の上級生達に圧倒されている恨みのはけ口を、将来も決してレギュラーになる事のない私達お嬢さん奴隷に向けるのでしょう。

 そしてそれは生徒ばかりではなく、先生達も同じです。教員室の入口に直立して大声で用件をのべる私の身体を、皆ニヤニヤしながらいやらしく眺めて楽しむのです。

 寮の長い廊下を丸出しのお尻を立てた四つん這いで拭き清め、稽古場の掃除をし、朝のチャンコの仕度をすませた頃、上級生が起きてきます。私達は付人のように側に付いてお給事をしたり、色々のお世話をします。

 この年のお嬢さん奴隷部員は、私と百合子さんという色白のほっそりした美人の二人だけで、この二人は朝から皆の慰み物にされます。食事中の余興だと言っては、よく百合子さんは食堂のテープルの上で恥ずかしい「珍々踊り」をおどらされていました。

 芸のない私は椅子になれと言われては四つん這いになり、食事時間中上級生の大きなお尻の重みに耐えなければなりませんでした。一人尻癖の悪い先輩がいて、よく私の背中の上で大きなおならをしましたが、それは総て椅子である私のせいになり、

「この揮かつぎは椅子のくせに何て失礼なんだい。まるで私がしたみたいに思われるじやないか」

 と言われてはビシビシとお尻を打たれるのです。私は臭気にむせながら痛さをこらえ、何度も何度もお詫びの言葉を繰り返しました。



 食事が終ると朝の稽古です。上俵のまわりに皆が揃うと真先に、私か百合子さんが呼び出されて、先輩の胸を借りてのぶつかり稽古となります。

 褐色に輝く小山のようにグラマーな上級生達に、色白で華奢な私や百合子さんが向かっても、とてもお相撲になるわけがありません。張手で美しい顔を血に染め、さんざん土俵に叩きつけられて、ついには砂に塗れてうつ伏せにつぷれてしまいます。すると片手で後褌を掴まれ、みじめな蛙のようにお尻から宙に吊り上げられ、上俵の外になげ捨てられます。皆がそれを見て大いにあざ笑い楽しんた後は、根性を叩き直す為だと言われて、たった一本身に着けていた手拭褌をはずされ全裸になり、壁ぎわに正面を向いて立たされます。そして皆の稽古が終る迄、このスッポンポンの姿で直立不動のまま、晒し者になっているのです。私達へのこの稽古は、本番の稽古が始まる前の軽い座興なのです。やがて部員以外のお客さま(先生方や後援会の人達、他の運動部の男子生徒や理事の先生達)がぞろぞろと見学にやってきます。女子相撲部の朝稽古はこの学校の名物になっているのです。

 土俵に面して一段高い座敷に、すし詰に座って皆さんが見守る中、稽古は火の出るような激しさで続けられます。さすがにグラマーな上級生達のぷつかり合いは、息をのむような迫力があります。巨大な乳房がプンプン揺れ、汗がしぷきになって飛び、まわしの喰い込んだ大きなお尻が湯気をたてて躍動します。裂帛の気合いと怒号、肉と肉の当るバチンという音が稽古場の天井まで響きわたります。その間、両手をわきに合せ、両脚を揃えて生っ自い全裸のままじっと立ちつくす私達二人の存在は完全に無視されています。

 激しい稽古が一段落すると、いよいよ上級生と見物の男性の皆さんがお楽しみの時間です。奴隷部員、私と百含子さんへのシゴキが始まるのです。

 この時間になると、恥ずかしくて辛い見世物を楽しみに、部外者の職員や男子生徒が毎朝入口や格子窓に集まってきます。学校側でも寄附金集めや有力父兄へのサービスとして、この女子相撲部のシゴキショーを利用しているようです。上級生達も学校側の意を受けて、重要なお客さまがみえた朝は特別恥ずかしいシゴキを私達にくわえます。私達二人のお嬢さん奴隷部貝は、いわば全校の意志によって選ばれた生け贄として、毎朝大勢の見物人の前で辛いお仕置きを受けさせられているのです。

 壁際から稽古の終った土俵中央に呼び出された二人は、順番にまず自分が至らなかった行為や失敗の数々を大声で反省させられます。お掃除の後、稽古場の窓の桟にホコリが残っていたとか、先輩の張り手をさけようとして顔を背けたとかという、ほんの些細な理由が大変な落度のように取り上げられます。

「桃陰学薗高等部、女子相撲部一年、褌かつぎの藤川江美子は今朝、お廊下を拭き掃除している時、おならをしてしまいました。これは普段から私の緊張感が足りなかった為です。今後よく反省出来ますように、どうぞ私をお仕置きしてください」

 こんなふうに先輩達にお願いするのです。まず見物しているお客さまへの御挨拶に、二人並んで土俵入りをやらされます。といつても化粧まわしも褌も付けていない全裸の姿で、大きく股を割って雲竜型とか不知火型とかのあのポーズをとるのです。顔から火の出る思いでやっと所定の動作を終わるのですが、一寸でも恥ずかしそうにしたり、身を庇おうとする仕種が見えたりすると何度でもやり直しをさせられます。

 先輩達にまじって、稽古を終った他の新入生達も土俵のまわりに立って笑いながら跳めています。同じ一年生でも実力のある彼女連と、所栓選手には成れない奴隷部員の私達とは身分が違うのです。



 恥ずかしい土俵入りが終ると、次はいよいよ「お尻打ち」をされます。手を前につき、足を開いて膝を伸ばし、見物のお客様や先生方にお尻を向けて不様な四つん遣いになります。こうするとお尻が高く持ち上り、お客様の方からは私と百合子さんの恥ずかしい部分が丸見えになってしまいます。

 常連見学者の空手部の男子生徒が、私達のあの部分を見比べながら卑猥な冗談を言うと、部屋中にどっと笑い声がわきおこります。あまりの情なさに私と百合子さんはその姿勢のまま、いつもポロポロ土俵に涙をこぼしたものでした。

 打擲は竹刀のこともありましたが、主に専用のきめ板が使われます。尻打ち役の二年生の責め方が甘いと、その者が後で三年生から平手打ちの罰を受けなけれぱなりませんので、彼女達も真剣になってカを込めます。

 四、五回も打たれると私達のお尻は、忽ちお猿のように真赤に腫れあがります。一寸腕の力が抜けると打撃の勢いに負けて顔面から砂の中に突込んでしまいます。でも涙とヨダレで砂塗れのグシャグシャな顔のまますぐに姿勢を立て直し、みしめな牝犬の様にハアハア舌をあえがせながら残りの打擲に耐え続けます。三年生から、

「もうその位で良いだろう」と声がかかる迄、いつも最低50回は打たれたでしょうか。腰が抜けてそのまま土俵の上に突伏してしまいそうですが、それだけで許されたわけではありません。時にはお客さまのリクエストがあって、シゴキの追加が行なわれる事もあるのです。

「その娘は一寸腰が弱いようたな」

 というような声が掛かると、忽ち重いタイヤを結んだロープを腰に付けられ、お尻を突出したアヒル歩きで土俵の周囲をヨチヨチ何度もまわらされたり、鉄砲柱の上の方までよじ登って悲しい声をはりあげて蝉の真似をさせられたりいたします。全国女子相撲対抗試合の日が近づいてから、これにもう一つの恥ずかしいメニューが追加されました。大会の前に関係者だけで行われる内見相撲の余興として、私と百合子さんだけが出場する唯一の演目、初っ切りの練習です。それも真面目な初っ切り相撲ではありません。私達のシゴキを見物に来ていた大会運営委員の一人が、思い付いて急にプログラムに加えた、好色な男性のお客さまを喜ぱせる為の、それは淫らな恥ずかしい動作をおりこんだ滑稽相撲なのです。

 私と百合子さんはへっびり腰で仕切り、立つとお互のお乳をわし掴みにして力いっばいもみ合ったり、チュンマゲをひっばり合ったりした後、四つに組みます。そしてお尻をうんと突出してプリプリ振ったり、赤ちやんがお襁褓を替える時のように大股を広げてひっくり返ったりします。また、つい手が滑ったふりをしてお尻の穴に指を突込んだりして満座のお客さまに大笑いされたりします。

 終ってお客さまが満足気に引上げられると、私と百合子さんはやっと手拭い褌を着けることを許されます。後片付けをし、土俵を掃き清めて朝の稽古が終了します。この後一時限目の授業に出席する為急いで部室に帰って、茶筅髷を解きセーラー服を着るのですが、部室で二人っきりになるといつも私と百合子さんは抱き合って泣いたものでした。



 それから始まる授業時間だけが私の最も幸福な時、普通の女子高校生に戻れる時間です。もともと勉強は好きなので、成績もまあ良い方でした。こんな私でも時には女の子らしく、恋心に胸をドキドキさせる事もあるのです。

 三学期になってから隣のクラスに転校生がありました。秋山さんという背の高い物静かな男子です。音楽の合同授業で初めて会った時、秋山さんは先生から特に指名されてピアノでクープランの美しい小品を弾きました。私がいつも見馴れている、粗野な体育会系の男子生徒達とは全く雰囲気が違っていました。端整な横顔、知的な話ぷりに私は思わずボーッとして見とれてしまいました。私のクラスでも積極的な女生徒が何人か、早速アタックしたようですが誰も彼のガールフレンドにはなれなかったようでした。

 午後の授業が終ると、街のアマチュアで作っている室内楽同好会でチェンバロを弾いている彼は、すぐに帰って行きます。私は部室へ駆け戻ってセーラー服を脱ぎ、又恥ずかしい褌姿になってお稽古の仕度をしたり、なぶられながら先輩のお世話をしたりしなくてはなません。

 だから秋山さんとは合同授業の時だけしか会う事が出来ませんが、それは私にとってかえって幸いでした。転校生の秋山さんには私の恥ずかしい恰好やみじめな境遇を、知られないでいる時間を少しでも長く保ちたいと考えていたのです。何とか今学期だけ知られずに過せれぱ、この学期末で一年間の拘束がきれて相撲部を退部出来るのです。

 その秋山さんと親しくお話しできたのは、期末テストも間近にせまった日の図書館でした。お昼休みに試験勉強の為の参考図書を借りようと申し込みカードを提出して、カウンター前のベンチで待っていた時、遠くの席に秋山さんが座っているのが見えました。やがて司書の方が私と秋山さんの名前を呼び出しました。行ってみると二人は同じ本を借りようとしていたのです。

 二人はしぱらく譲り合った後、まず私が先に借りることになりました。本を受け取ってから二人一緒に図書館を出たのですが、午後の授業が始まる迄にはまだ間があったので何となく芝生に並んで座りました。

 そこは小さな池の周りに葉の落ちた雑木が数本立っているだけの裏庭で、この季節にはあまり人が来ない静かな場所でした。

 私が、いつか秋山さんが弾いたクープランの曲について尋ねると、秋山さんは親切に説明してくれて、他にもラモーやバッハ等のバロック音楽の作曲家達のお話をしてくれました。そして毎週日曜日には、近所の教会でアルバイトにチェンバロを弾いているので一度間きにいらっしやいと言ってくれました。

「秋山さんは将来は音楽家になられるのかしら?」

「いいえ、僕は本当は音楽よりもその精神に興昧があるんです。表現となって表われた時の流麗さと、それを裏からささえる時代の闇。美術や音楽に見え隠れするヨーロッパ中世の暗い影に魅かれます」

「あんなに美しい曲にも影があるのかしら?私にはとても難かしいわ」

「イヤ、実は僕にもよく分っていないのです。でも人は美しい物に憧れていると思っている時、無意識のうちにその裏の暗い闇の部分に実は魅かれているのかもしれない、なんて事を思うのです。でも本当の闇の深さなんて僕にはまだわからない」

「でも闇の時代に生きていた人達はそれだけに、切実に美しい物を求めていたのでしょうね。そう思うと美しすぎる物はとても悲しいわ」

「そして闇はどんな時代にも、また誰の心の中にでもあるのかもしれない」

「とても素敵な、でも恐しいようなお話だわ。今度又、色々おしえてくださいね」

「教えるなんて事はとても出来ませんが、貴女とお話出来て楽しかった。本当は以前からお友達になりたいと思っていました。貴女のその悲しいまでの美しさはどんな闇から生まれているのでしょう」

「秋山さんからそんな事を言っていただけるなんてとても恥ずかしいわ。私はそんな女の子じやないんです」

「これからも友達としてつき合ってくれますか?」

 相撲部の奴隷として、朝から晩まで追いまくられている私にはとても無理なお話なのですが、その言葉が嬉しくてついコクリと頷いてしまいました。いつかは私の恥ずかしい姿を知られ、軽蔑されるとしてもせめてそれまでの間、普通の女の子のふりをして、辛いこの一年間にたった一つ楽しい想い出を作りたい。それにこの学期が終れば相撲部を退部出来るのだからそれまでは何とか知られないで過せるかもしれない。それがその時の私の気持ちでした。

 図書館から借りた本は三日後の放課後にこの庭の木の下で会って一緒に図書館に行き、他の人が借り出さないように私が返却すると同時に秋山さんが借りることにしました。しかしその三日後に早くも私の夢が無惨に破れるとは、その時は思ってもおりませんでした。

 始業を知らせるペルが鳴り、二人はそれぞれの教室へ別れました。

    

NEXT